幸せだよと嘘をつく
話が通じない。
「ここでずっと話をする訳にもいかないわ。康介さんゆっくり話せるところへ行かない?」
ゆっくり話せるところって、どこだよ……
「いや、行かないし、これで話は終わりだ。もう俺たちに関わらないでくれ」
真奈美は悲しそうに眉をひそめた。
彼女に対して、酷いことを言っている自覚はある。
けれど、今、俺が一番に考えなければならないのは雪乃の事だ。
「子供は私の両親に預けているわ。もう、ずっと面倒を見てくれているの。私は夫からの慰謝料が手に入ったら、マンションを借りるのよ。あの人、自分が浮気相手と一緒になる為、私にたくさん慰謝料を支払うわ。子供たちと暮らせる広いマンションも用意してくれるの。そりゃそうよね、子どもを押し付けて、自分だけ新しい女と幸せになるんですもの」
子供を両親に育ててもらっているのか?
旦那さんは雪乃に慰謝料を支払うのか?雪乃自身も俺と浮気したわけだから責任はお互いにあるだろう。
「真奈美、子供たちの面倒は親任せなのか?君はそんな母親じゃなかっただろう」
「康介さんと一緒になる為なら、子どもは手放すわ。あなたのためだけにこれからは生きられる。康介さんを愛しているの、こんなに誰かを愛したことなんてなかった。奥さんよりずっと、あなたを想っているわ」
何てことだ……
彼女の子供も家庭も全て壊したのは俺の責任だ。
けれど、ここで流されてしまったら元の木阿弥だ。
ハッキリ彼女には言わなくてはならない。
「それはできない。お互いに責任がある。君は君の人生を生きてくれ」
「奥さんはもう、他の誰かに抱かれているのよ。あなたに気持ちはない。それでも縋りつくの……私だったら、康介さんを一生愛し続ける。大事にするわ。あなたに全てを捧げられる」
真奈美はこんなにも自分の事を想っていてくれるのか。
けれど、雪乃は彼と体の関係を持っていない。
そんなに軽く他の男と体の関係を持てる女じゃない。
それは長年一緒に暮らした俺が一番よく知っている。
「俺にはどうにもできない」
雪乃は、俺を捨てようとしているのに、彼女は全てを捨てて俺を愛していると言ってくれる。クソッ、気持ちが揺らぐ。
「最後だけ、最後に一度だけでいいわ……私を抱いて。あなたへの気持ちは、それでスッパリ諦めるわ。お願い……私を抱いて」
真奈美は意を決したように、うるんだ瞳で俺を見つめた。