幸せだよと嘘をつく




何かが、気になった。どうしても心に引っ掛かりがある。



「ま、待って下さい!」

雪乃は前島さんを押しのけた。


「おっ……なに?」


「前島さんは、私じゃないですよね?」

「何を言ってる……」

そう。前島さんは雪乃を愛していない。
今までも、何となくは分かっていたけど、彼は違う人を愛している。
それは息子の太陽君への愛情とは違う別の意味での愛だ。

そして、多分それは、亡くなった奥さんの妹である、香さんに向けられている。


「以前から思っていました。私を抱かないのは香さんがいるからだって。太陽君を我が子のように育ててくれている香さんに対して、前島さんは恋愛感情を持っているんじゃないですか?」

「そんな事はないよ」

「奥様の妹さんだから、あえて意識しないようにしている。けれど、毎日彼女に会っているし、彼女を信頼して愛する息子さんを預けているんです。自分の気持ちに正直になって下さい。私が、変なお願いをしたから、こんな茶番に付き合ってくれていましたが、実際は香さんの事を自分の中から追い出すためのスケープゴートとして私を利用していただけですよね?」


私も前島さんを利用していたから、それは同じことだ。前島さんを責めるつもりはない。

香さんはお姉さんが亡くなってからずっと、太陽君を育てていた。保育園や小学校へ通わせて、実家で前島さんとも毎日会って一緒に子育てしている。

二人は太陽君がいるから繋がっている関係だと思っているかもしれないけど、きっとそうじゃない。
太陽君が雪乃に話してくれる香さんの姿は、まさしく母親のそれだった。


「もう少し、太陽君抜きで香さんの事を見てみるべきです。他人の私が言うのは筋違いかもしれないけど、でも、太陽君は香さんを母親のように慕っています」

「……確かに……太陽は、そう思っているかもしれない」

「太陽君が一番だと言っている前島さんの二番目になる人は私ではないですよね」



前島さんは、驚いたように目を丸くして、ふっと笑った。





「君のそういう鋭いところ、やけに勘がいいところには驚かされるよ。それが、旦那さんのこととなるとまったく駄目になるのが不思議でならない」

康介に対しての勘は全く当たらないし、彼の考えを読めないのが何故なのか自分には分からない。
浮気の事もそうだけど、夫の事となると急に鈍感で愚かになってしまう。

「……自分でも不思議です」

ふと思いもよらないことが頭をよぎる。
雪乃にとって康介は特別なんじゃないだろうか。
それは夫に対する愛情なのだろうか……

雪乃はその日、前島さんに、抱かれることはなかった。






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