幸せだよと嘘をつく
11

三年半一緒に暮らしたマンションに康介と二人で帰ってきた。
帰路はお互い口をきかず、康介はずっと険しい顔をしていた。



部屋に入ったとたん、雪乃は康介に腕を掴まれる。
彼の強い力に驚いた。


「ちょっ……やめてよ、痛い!」

「……そんなに俺と離婚したかったのか!」

康介の責めるような口調に驚いた。
こんな夫の顔は知らない。

彼もことを初めて、怖いと感じた。


「放して!康介さん」


「望み通り離婚してやる。でもまだ今、雪乃は俺の妻だ」

彼はそう言うと無理やりリビングまで雪乃を引きずっていき、上半身をテーブルに押し付けた。


「やめてよ!」

雪乃は康介から逃れようと暴れるが、男性の力にはかなわない。

彼の前で一度も流さなかった涙が頬を伝う。
康介はその涙を見て腕の力を緩めた。


床に座り込み、ソファーに背を預け天井を見上げて深くため息をついた。


「すまない……」

「夫婦間で会っても、一方が拒否しているのに無理やり性行為に及ぶのは性的DVよ」

「……ああ」

「最初にすんなり離婚に応じてくれていたら、こんな状態にはならなかった」

再構築をしようと互いが思っていたなら、何とかなったのかもしれない。
真奈美さんが康介を遊びの相手だと割り切っていたのなら、あの半年間のくだらない契約も意味を成したのかもしれない。

全てが最悪の方向へ進んでしまい、もう取り返しがつかない。


「これで最後だからお願いと言われ、真奈美を抱いた。抱きたいわけではなかったが、最後にしてもらえるなら何でもいいと思った」

「私は、あなたが浮気をしてもいいと言った半年の間、誰にも抱かれてないわ」


雪乃は浮気をしていいという契約だった半年の間、他の男性に体を許さなかった。
夫が裏切ったからと言って、自分が同じことをできるかと言われれば、できなかった。

「……そう、だったのか……」

「愛がなくても、体の関係は持てるわよね。世の中にはお金で性を売る商売だってあるんだから。でも、するかしないかは本人の意思の持ちようだと思う」

きっと康介が言うように、真奈美さんが騙して再び体の関係を持ったのかもしれない。
康介は真奈美にまんまと嵌められてしまったのかもしれない。

「俺が、馬鹿だった。雪乃を取り戻したくて必死だった。結果的に辛い思いをさせてしまった。本当にすまなかった」

康介の声は震えていた。




「雪乃……離婚しよう」


翌朝、康介がサインした離婚届がダイニングテーブルの上に置いてあった。



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