幸せだよと嘘をつく




「……雪乃……」

お互い顔を見合わせて、あまりの驚きに目を疑った。


「なんで……」



このマンションは億は下らない高額物件だ。
雪乃がまさかこのマンションに住んでいるなんて思ってもみなかった。


「え?ここに住んでいるのか?」

「……あなたこそ」



偶然なのか、必然なのか。
俺たちはまた出会ってしまった。



「雪乃……良かったら、クロワッサン食べないか?」


昨日、近所においしいベーカリーを見付けて昔を思い出して買ってきたクロワッサンがある。
何か話を繋ぎたくてついクロワッサンをどうかと言った。

もっと気の利いたことが話せたのにと少し後悔する。


雪乃は怪訝そうに眉を上げた。


「いらないわ」

軽く断られる。
彼女も少し居心地が悪いのだろう。
この場からすぐに去っていきそうだ。

「雪乃、少し話がしたいんだけど……」



彼女は少し戸惑ったように俺を見た。

「私、結婚したの」


「えっ……」

嘘だろう?

「今から夫と待ち合わせなの」

「ああ……そうか」


ショックのあまり、崩れ落ちそうになった。
いつの間に結婚したんだ。あれからまだ3年しか経っていないだろう。
誰からもそんな知らせは聞いていない。

もちろん実家の母からも聞いてなかった。


あの時、彼女は俺以外の男と寝なかった。
まだ俺を愛していたんだと思った。
きっと、まだ愛情は残っているはずだと、もしかしたらまた会えるかもと東京に戻ってきた。

くそっ……
なんとか気合で平静を保つ。


雪乃はこのマンションを夫婦で買ったんだな。
よりによって、なんでここなんだ……

投資目的だったとはいえ、もう引っ越さなければならないなと頭の中で考える。



「康介さん、あなた……今、幸せ?」


雪乃は急にそう訊ねてきた。

俺はできるだけ明るく見えるように、口角を上げた。



「ああ」

幸せそうには見えないだろう。
俺は、一人だ……




「……幸せだよ」



俺は雪乃に嘘をつく。





ーーーーーーーー完ーーーーーーー





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