幸せだよと嘘をつく



ダイニングテーブルに置かれたスクランブルエッグ、クロワッサンにカフェオレ。ヨーグルトにはベリーソースが添えてある。
用意してくれた朝食を無理やり口に運んだ。

食べられる気分ではなかった。クロワッサンは後で冷蔵庫にしまおうと思った。

「雪乃、誕生日おめでとう」

優しい眼差しで妻を見つめる康介。

「ありがとう」

「雪乃と結婚出来て、幸せだよ」

(誕生日は昨日だったわ)
無理やり笑顔を貼り付ける雪乃。

「今日はエグゼホテルのディナーを予約しているけど、大丈夫かな体調とか問題ない?」

エグゼホテルは最上級ランクのシティーホテルだ。
そこの高層階にあるスカイレストランはミシュランで星を獲得した人気店だ。

「ええ。大丈夫よ。けれど、今、少しだけ眠たいから午前中寝ちゃおうかな」

昼間から寝るなんて珍しいなと少し驚いて康介は眉を上げた。

「出かけるのは夕方からだから、ゆっくりしたらいいよ。昨日は職場の人に誕生日祝ってもらえたんだろう?仲良くていいな」

昨日は夫が接待だった(接待という名の浮気だったけど)から、誕生日は御馳走するからと言って、綾ちゃんが雪乃を誘ってくれた。綾ちゃんは先輩の雪乃に気を遣ってくれたんだと思う。

「そうよ。今の職場は人に恵まれていると思うわ。居心地もいいし楽しいわ」

「君が楽しそうで嬉しいよ」

夫の単純な笑顔が、以前とは違うように見えてしまう。
雪乃を上手に騙している人の顔だ。

「ごめんなさい。2時間くらい眠ってくるわね?洗濯機は回しているし、お昼はパスタでよければ、冷凍した作り置きのソースがあるからそれを食べてくれるとありがたい」

「ああ、わかった。昼まで寝てる?起こした方がいいなら一緒に昼ご飯を食べよう」

「私は適当に何か食べるから大丈夫」

そう言って朝食を終えた食器をシンクに運ぶ。
康介の食器も軽く流して食洗機に入れた。


寝室の夫婦のベッドに入った。

普段と変わらない夫の態度にモヤモヤする。
膝を抱えて寝室を見る。
寝室には、夫と一緒に撮った記念の写真がある。

昨夜はネットカフェで自分がやるべきことを整理した。

『夫と離婚する』

彼に慰謝料を請求したり、不倫相手を責めたりはしない。
雪乃は康介と円満に離婚する事を決意した。

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