幸せだよと嘘をつく





今日食事をする予定のレストランは、何ヶ月も前から予約しなくてはいけないような人気店だ。

時計を見ると現在午後1時。

ガチャリと玄関のドアが開き、夫が帰って来た。
康介は駅前の老舗鰻店の弁当をテイクアウトしてきたようだ。

康介「起きてたんだ。昼飯買ってきたよ」

ついでに、飲料などの重い物を買って来てくれた。
そういうところに気が利く康介。
誰からも羨ましがられるような素敵な旦那様だと思う。

「ありがとう」

「仕事してたの?」

「いろいろ、やらなきゃいけない事があるの。先に食べてもらってもいいかな。実は胃の調子が悪いの」

申し訳なさそうに康介に謝った。
だけど離婚のことを考えながら鰻を食べられるほど胃は頑丈ではない。

「大丈夫?昨日食べ過ぎたのかな?夜の予約は延期しようか」

「ん……当日だから、キャンセル料がかかるんじゃないかな?せっかくだし、行きたいわ」

雪乃は康介が買ってきた自分用の弁当を冷蔵庫に入れて、明日食べるねと言った。
夫が昼を食べている間に、まとめた資料をプリントアウトする雪乃。

康介に直後の緑茶を淹れた。
抹茶の粉末が茶葉に混ぜてあるらしい物で、京都から取り寄せた物だ。
雪乃が気に入って買っていたが、自分がいなくなったら康介はわざわざネットで注文しないだろうと思った。

全てが思い出になっていく。


リビングのソファーに座る康介。
向かいに座る雪乃。

「改まって、話って何?」

緊張するなと冗談めかして言いながら、康介は雪乃を見る。

「康介さん。私は29歳になったわ。3年間一緒にいてくれてありがとぅ」

「いや、なんだか真面目にそんなこと言われても照れるんだけど。こちらこそありがとう」

「私はとても幸せだったし、今も変わらず、あなたを愛しているわ」

「ああ。俺も雪乃を愛してるし、一緒にいられて幸せだよ」

康介の表情が緩んだ。
康介のこの顔が好きだったなと雪乃は思った。
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