桜の華 ― *艶やかに舞う* ―
3

「桃ちゃん、私のことも思い出せないの? 
 あんなこと仕出かしておいて何も覚えてないなんて、あなた嘘ついたり
してない? みんなに合わせる顔がなくて……」



「お母さん、落ち着いてください。
今日両家のご家族をお呼びさせていただいたのは、桃さんがこれまで
どのような状況下にいたのか、ということをお聞きしたかったからなのです。

ですので今は桃さんが記憶を失くした振りをしていたとしても、ましてや
本当に記憶を失くしているのなら尚更、桃さんの立ち位置を私は知らなければなりません。

また皆さんが私に話してくださる流れの中で皆さん自身もご自分たちの
これまでの桃さんに対する対応に間違いがなかったか、そういったことも
含めて知っておいていただける話し合いにしたいと考えております」


入室して私を見るなり矢継ぎ早に質問してきた母親を抑えたのは
私を担当する精神科医の霧島奈津子女医だった。

彼女は知的でたおやか、また日本人離れした大らかさも漂わせており、
美しさの中に無邪気な可愛さを併せ持つスレンダーな女性だ。

そして言うべきところはズバっと言える気の強さも感じられる。

そんな彼女の申し出に、この時からすでに私は何かを期待せずには
いられないのだった。



「桃さんとご主人の結婚生活がうまくいかなくなったのは
ご主人の女性関係が原因ですか?」

「……」

「……ですよね?」

「でも、俊くんは娘に謝罪して相手の女性とは手を切り、ずっと上手くいってたんですよ?」
と桃の母親が答えた。

「手を切ってたはずの女性と一緒にいるところで娘さんのご主人は
娘さんに切りつけられてますよね?
手を切ったはずの女性と何故ホテルで一緒にいたのでしょう?
水野俊さんのご両親は何かその辺の事情をご存じですか?」



「きっと相手の女に唆されたんです、きっと。
でないとあんなに心から反省していた息子があの女に会いに
行くはずありません。

 俊はそれはもう桃ちゃんのことを大切に思ってたし、
大切にしてたのですから」
そう俊の母親が抗議した。



「話を少し変えますね。
 俊さんの浮気が発覚した後の桃さんの様子はどうでしたか?」



女医はこの質問で4人が4人とも、なんとも言えない表情をしたまま
口を噤んでしまい、なんとなくではあるが彼らの当時の思惑が見えてきた。

そうすると、今疑問に思えることの点と点がすんなりと繋がるのである。



「桃さんは離婚を口にしていませんでしたか? 離婚したい……と」


「そ、そりゃあ発覚当時は娘もかーっときて、そんなことも言いましたが
私たちが宥めて元の鞘に収まったんです」

「娘さんは納得されてたと?」


「はい、もちろんです」


「水野さんの息子さんは離婚を受け入れなかったのですか? 
 桃さんの気持ちを優先されなかったのでしょうか?」


「息子はなんとしても離婚したくないと言いました。
 これからは反省して桃ちゃんを大切にしていくからと。

それで私たちも桃ちゃんに息子のしたことをお詫びして息子とこれからも
仲良くしていってほしいとお願いしました」



「桃さんのお母さんにお尋ねします。
桃さんから離婚したいから実家に帰らせてほしい、なんていう申し出は
なかったのでしょうか?」


「一度、ありました。
でも私もいろいろと身体に不調がありますし、娘が働きに出ている間、
孫をみるなんていうことはできません。それに俊くんが女性の元へ走るのならいざ知らず、
これからは改心して娘を大事にしてくれると言ってくれているのですから
娘と孫の将来を考えてもやり直すのが一番だと思い、冷たいようですが
私にも生活があります

……なので離婚して帰ってきても孫の面倒は見られないと一蹴しました」



「やはり、そうでしたか」

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