呪い殺された地味令嬢が最愛妃になるまで~お仕えしていた不遇王子が知らぬ間にヤンデレ皇帝となって、私を花嫁にご所望です⁉~
「俺はエリオットに使役されている。あいつの命以外を聞いてやる義理はないな」
「義理はない、ですね」

 エリオットの命以外は聞けない、とは言わなかった。ハンナにはそれで十分だ。

 ハーディーラは出窓からくるりと後転し、宙に浮かびあがった。

「ひとつ教えてやる。俺は気分屋だ」

 その言葉だけを残して、彼の身体は夜に溶けていった。

 ハンナは思わずクスリと笑みをこぼす。

(ハーディーラさまは素直じゃないだけで、案外とお優しい)

 今の言葉は、きっと「気分がのれば、お前の命を聞いてやってもいい」という意味なのだ。

 彼の消えていった夜空を、ハンナはじっと見つめる。

(エリオットさまはきっと怒り狂って、私をお許しになることはないでしょうね)

 彼に嫌われるのは、今のハンナにとって世界の終わりに匹敵するほどつらいこと。

 けれど、自分には自分のすべきことがある。

 決意を胸に秘めたハンナの顔は聖母のように穏やかだった。

 そろそろリベットの森に出発しなければならない。

 その前にもう一度だけ彼の顔を見ておきたいと、ハンナはエリオットの部屋に向かう。

 彼は眠ってはおらず、ベッドの上でぼんやりと目を開けていた。サファイアの瞳がゆっくりとこちらを向く。

 ハンナは彼の手を握り、静かに告げる。

「許可をくださってありがとうございます。では、行ってまいりますね」
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