呪い殺された地味令嬢が最愛妃になるまで~お仕えしていた不遇王子が知らぬ間にヤンデレ皇帝となって、私を花嫁にご所望です⁉~
 安寧の地である自室に戻ろうと歩いていたところ、先ほどのメイドとまたすれ違った。

「ドレスをご覧になられましたか? お気に召しましたでしょうか」
「えぇ。仕立屋に素晴らしい仕事ぶりだったと伝えておいてね」
「かしこまりました」

 仕立屋にもメイドにも罪はないので、にこやかに答えたが……ハンナが晩餐会であのドレスを着ることはないだろう。

 なぜならたった今、リリアナが踏みにじっていたから。

(きっと素敵に仕上がっていたはずなのに)

 ハンナの瞳の色に合わせた深紅のドレス。

 クラシカルで上品な、ジョアンがもっとも嫌うデザインをオーダーしていた。

 ハンナと彼との結婚はいわゆる〝白い婚姻〟だ。

 嫁いできたとき、すでにジョアンとリリアナはそういう関係になっており、ハンナは新婚初夜をすっぽかされた。

 ハンナが緊張に頬を染め夫の訪れを待っている間、あの男はその隣室でリリアナに愛を注いでいた。

 新妻であるハンナの存在はふたりの甘い夜にとって、さぞかし素晴らしいスパイスとなったことだろう。

 あの日から二年、ジョアンはハンナに指一本触れたことはない。

 リリアナはまるで第二夫人にでもなったかのような態度で、平然と屋敷に出入りしている。

『純潔の人妻』

 ジョアンが妻を抱いていないことを武勇伝のように吹聴するものだから、ハンナはいつしかそんなあだ名で呼ばれるようになってしまった。
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