想いを伝える人 ~天命に導かれる旅~ 【新編集版】
「今年で創業30周年と伺いました。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 社長は嬉しそうに頬を緩めた。

「先ず、創業当時のことを伺いたいのですが、この会社を創業しようと思った切っ掛けを教えてください」

「私が自信を持って薦めることができるスキンケア製品を作りたかったからです」

「自信を持って、ということは……」

「実は、この会社を始める前は大手の化粧品会社に勤めていました。担当は広告宣伝で、テレビや女性誌などでスキンケア製品を宣伝をするのが仕事でした。運が良かったせいもあって担当した製品はどれも結構売れたので社内での評価は高く、仕事には満足していました。しかし自社品は私や妻の肌に合わなかったのです」

「ということは」

「そうです。他社のスキンケア製品を使っていました。でも残念ながら私たちの肌にピッタリ合う化粧品はありませんでした」

「それはお辛いですね」

「辛かったですね。ですので、なんで自分と妻の肌に合わないのか色々調べました」

「何かわかったのですか?」

「いえ、具体的な原因はわかりませんでした。しかし私も妻も肌が敏感でいつもカサカサしていましたので、私たちの肌に合う化粧品が限られているのかもしれないと思い始めました」

「それで」

「それで自分たちに合う化粧品を自分たちで開発しようと考えたのです」

「なるほど。でも会社に提案することは考えなかったのですか?」

「考えませんでした。当時、会社では敏感肌向けの化粧品は扱っていませんでしたし、30年前には敏感肌用化粧品市場自体が立ち上がっていませんでした。そんな状況で『敏感肌向けの化粧品を開発したい』と提案しても誰にも相手にされないと思ったのです」

「だから自分でやろうと」

「そうです。独立を決意しました」

「でも独立といっても」

「はい。大変でした。まだ若かったので退職金も僅かでしたし、たいした貯金もありませんでした。だから資金繰りの心配をいつもしていました」

「奥様は反対されなかったのですか?」

「はい。ありがたいことに応援してくれました。『私たちのように肌に合わない化粧品で困っている人が全国にはいっぱいいるから、その人たちが使える化粧品を作りましょう』と言ってくれたのです」

 それを伺って〈なんて素晴らしい奥様なんだろう〉と興味を覚えたのでもっと突っ込んで訊きたかったが、限られた時間の中では難しいと判断してその誘惑を振り払い、社長自身に対する質問に集中した。
 
 
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