想いを伝える人 ~天命に導かれる旅~ 【新編集版】
「起業することがこんなに大変だとは思いませんでした。常に資金繰りに悩まされました。わずかな蓄えと退職金で創業したのでまったく余裕はありませんでしたし、私は無収入ですので妻に頼りっきりでした。彼女の月給だけで生活したのです。ボーナスには一切手を付けず、それをすべて事業費用に回しました。それでももっと切り詰めないと事業を継続できないことは明白でした。だから悩んだ挙句、実家に居候させてもらいました。その時住んでいたマンションの家賃だけでなく電気代もガス代も水道代も負担になっていたからです。親に迷惑をかけることはわかっていましたが、他に選択肢はありませんでした。実家の2階に荷物を運び入れた時は自立できない子供に舞い戻ったようで複雑な気持ちになりましたが、でも私はまだマシです、実家なのですから。それに比べて妻は肩身の狭い思いをしたと思います。実の親ならまだしも夫の親の家に居候するのですから。でも愚痴一つ言わず妻は耐えてくれました。というか、いつも明るく振舞ってくれました。『そのうちいいことあるわよ』って私を励ましてくれたのです」

 そこで一瞬目元が緩んだが、それはすぐに消えて厳しい表情になった。
 
 
 
< 42 / 154 >

この作品をシェア

pagetop