死にたい僕と生きたい君との最初で最後の恋

「おはよ!
早見君!」

朝、下駄箱で靴を履き替えていると後ろから肩を叩かれ、
そう声をかけられた。

昨日と同じ、
透明感のある声。

だけど、昨日より大きく明るい声。

「……あ、おはよ」

僕はといえば正反対の小さな声でそう挨拶を返す。

振り向くと目の前にいる望月を、
昨日とは違って明るい陽の光が照らしている。

「早速だけど、賭けについて話そうよ!」

そう言って僕の手を引いて望月は僕の返事を聞かずに歩き出した。

まわりにはたくさんの生徒がいる。
それなのに何の躊躇もなくこんな僕の手を引き一緒に歩いているとか、
何か言われたら、誤解されたらどうするんだ、
なんて僕の心配をよそに、
望月は楽しそうに鼻歌を歌いながら、
スキップでもしそうに軽やかに歩いていく。

連れてこられた場所は図書室。
ドアを開けると静まり返った空間が広がる。

「はい、座って座って」

窓際の席に促され言われたままにその席に座る。
僕の向かい側に座った望月は
鞄から1冊のノートを取り出した。

「じゃーん!
昨日作りましたー!」

得意気にノートを見せてくる。
表紙には女子らしい文字で
【陽向と灯里の賭けノート♡】
と書かれていて、まわりには女子が好きそうなキャラのイラストだったりマークだったりが散らばっている。

……僕の名前、知ってたんだ。
しかも、漢字まで。

「昨日色々考えてね、
このノートに日々の賭けの内容と勝敗を書いていこうかなって」

「え?
日々って……。
賭けって1回じゃないの?」

「1回だけなんてつまらないじゃん。
はい!
じゃあ早速1回目!
じゃんけんぽん!」

いきなりの望月の言葉に僕は疑問を感じる暇もなく慌ててグーを出す。
望月が出したのはパー。

「やった!
記念すべき第1回目の賭けは私の勝ち!」

そう言ってノートに何やら記入していく。
見るとやっぱり女子らしい文字で
日付や天気、じゃんけんの勝敗をサラサラと書いている。

「賭けって、
じゃんけんとかなんだ」

ちょっと拍子抜けしてしまう。

命を賭けたものだ、
もっと大きな賭けだと思っていた。

「それを毎日ふたりで決めていくんだよ?
次は早見君ね。
何にする?」

「え?
そんな急に言われても……」

まさか自分に振られるなんて思っていなかった僕は口ごもってしまう。

「何でもいいよー。
ほら、今日の早見君のお弁当に唐揚げが入ってるかどうか、とか」

「それ、僕は分かってるんだから賭けにならないよ」

「そうなの?
私は楽しみを増やしたいからお弁当の中身は見ないし聞かないようにしてるのに」

楽しみを増やす、か。
そんな考えもあるんだな。

望月は毎日、お弁当の蓋を開ける楽しみを持っているんだ。

「……じゃあ、
今日の望月のお弁当に、
望月の1番の好物が入っているか、とかどう?」

僕の言葉に、
望月は楽しそうに笑った。

「いいね、それ!
ますます楽しみになっちゃう!」

そう言って本当に楽しそうに笑う望月を羨ましく思う。
何気ない事をこうして楽しみに変える望月だから、
彼女のまわりにはいつも人が集まるのだろう。

「じゃあ私は入ってるに賭けるね!
ちなみに私の1番好きなおかずはハート型の卵焼きだよ!」

「それって、ハート型じゃない卵焼きだったら僕の勝ちでいいの?」

「あ、そうだね。
うん、そうしよ。
ハート型じゃない卵焼きなら早見君の勝ち!」

またノートに記入しながら楽しそうに笑う望月に、
つい口元が緩むのが分かった。

「じゃあ、お昼は一緒に食べようね!」

「え……?」

一緒に?
それ、望月はいいの?
だって望月はいつもたくさんの男女で食べているのに。

そんな心配をしている僕にまるで気づいていない望月は、
笑顔で言った、

「楽しみだね、お昼!」

窓から差し込む太陽が望月を照らして、
また、キラキラとしたものが望月を包んでいた。








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