裏切りの宰相と白いさらわれ妻~結婚してから始まったふたりの恋~
エピローグ 謁見
朝の白い光の中で、ロシェはジェイドと二人で朝餉を取っていた。
「ロシェ、果物もいかがですか?」
「は、はい。……いただきます」
ロシェは気恥ずかしそうに、ジェイドと目が合うたびに慌てる。一方でジェイドはそんなロシェを愛おしむようにみつめては、優しく彼女に声をかけていた。
賢明な使用人たちは二人の間に何があったのかを知っていて、ひっそりと喜び合っていた。
二人はゆっくりと朝餉を終えると、支度をして馬車に乗った。
馬車は中央通りを走り、王都の中心へ、王宮へと入って行く。
レグルス王国の王宮は、いくつもの星見台に囲まれた宮殿だ。紫紺のベールをかけたような稜線状の屋根と白亜の壁の建物が立ち並んでいた。
二人は侍従や官吏に声を掛けられながら、宮殿の中を歩いた。今の王は華美を好まないが芸術に明るく、宮殿には至るところに絵画が飾られていた。
緩く弧を描いた回廊に飾られた絵を見てロシェが嘆息していると、ジェイドがそっと打ち明ける。
「結婚式のときに、私たちの肖像画を描かせるか迷いました」
ロシェがジェイドを見上げると、彼は苦笑して答える。
「あのときは、あなたを保護すべき対象だと思っていたんです。まだ子どもで、私が守らなければならないと。けれど一年であなたはすっかり美しくなって、立派に社交界にも出入りするようになった。意思をきちんと持ち、屋敷の采配も前向きにしている。……気づけば、あなたに恋をしていた」
ロシェはくすぐったそうに微笑んで、ジェイドに応える。
「私もです。ジェイドはずっと大人で、あの頃の私はただ憧れていて……結婚してから、あなたを愛するようになりました」
ジェイドはロシェの手を取ってうなずく。
「今なら思い出に残る肖像画になるでしょう。それで……子どもが生まれたら、そのたびに描かせましょうね」
ロシェは昨夜のことを思って、恥ずかしそうにうなずいた。
二人はまもなく王族が個人的に来客を招く私室を訪れた。そこは広い窓から薔薇咲く庭を臨むことができる、国王のお気に入りの一室だと聞いていた。
「ジェイド、よく来た! 奥方様もようこそ。どうぞ楽になされよ」
そこでは既に国王リチャードが座していて、笑顔で二人を出迎えた。傍らには王子カイルの姿もあって、侍従たちは紅茶と茶菓子の給仕を待ち構えていた。
ジェイドは国王の前で片膝をついて、ロシェもそれにならう。
「お招きいただき光栄に存じます。こちらが妻となったロシェ・ヴィッテル」
「良い、良い。……一年も隠していたのは、この際不問にしよう」
国王は四十代の壮健な男性で、民たちにもそのおおらかさが聞こえていた。国王リチャードは冗談交じりに言うと、ロシェを見て優しく目を細める。
「ジェイド宰相は私の片腕としてよく働いてくれている。おかげで王子の教育も順調だ。ああ、ロシェ殿は王子に会ったことがあったのだったな」
「あ、はい」
ロシェは恐縮して頭を下げると、リチャードは楽しげに言う。
「ジェイドの奥方様でなければ王宮にお連れしたところだった。あの日の王子は実に楽しそうだったな。……王子、ロシェ殿にごあいさつを」
リチャードの言葉に、カイル王子はロシェに歩み寄る。そっとロシェの手を取ってキスを落とすと、彼はいたずらっぽくロシェを見上げた。
「……また綺麗になったな?」
その言葉にジェイドは少し眉根を寄せて、リチャードは笑った。
国王への謁見を果たすことで、ロシェはジェイドの妻として公式に認められる。これから社交界への出入りもますます忙しくなるだろう。
けれどロシェは、もうこの生活に怯んだりはしないと思える。ロシェはジェイドが側で支えてくれて、これからの長い人生をふたりで歩んでいくからだ。
紅茶が給仕されたのを見計らって、国王リチャードは優しく祝福の言葉を投げかけた。
「ご夫婦に、星と花の王から祝福を送ろう」
ジェイドとロシェがそれに続いて感謝の言葉を述べる。
始まったにぎやかなお茶会と同じように、ロシェは新しい日々を愛していくのだった。
「ロシェ、果物もいかがですか?」
「は、はい。……いただきます」
ロシェは気恥ずかしそうに、ジェイドと目が合うたびに慌てる。一方でジェイドはそんなロシェを愛おしむようにみつめては、優しく彼女に声をかけていた。
賢明な使用人たちは二人の間に何があったのかを知っていて、ひっそりと喜び合っていた。
二人はゆっくりと朝餉を終えると、支度をして馬車に乗った。
馬車は中央通りを走り、王都の中心へ、王宮へと入って行く。
レグルス王国の王宮は、いくつもの星見台に囲まれた宮殿だ。紫紺のベールをかけたような稜線状の屋根と白亜の壁の建物が立ち並んでいた。
二人は侍従や官吏に声を掛けられながら、宮殿の中を歩いた。今の王は華美を好まないが芸術に明るく、宮殿には至るところに絵画が飾られていた。
緩く弧を描いた回廊に飾られた絵を見てロシェが嘆息していると、ジェイドがそっと打ち明ける。
「結婚式のときに、私たちの肖像画を描かせるか迷いました」
ロシェがジェイドを見上げると、彼は苦笑して答える。
「あのときは、あなたを保護すべき対象だと思っていたんです。まだ子どもで、私が守らなければならないと。けれど一年であなたはすっかり美しくなって、立派に社交界にも出入りするようになった。意思をきちんと持ち、屋敷の采配も前向きにしている。……気づけば、あなたに恋をしていた」
ロシェはくすぐったそうに微笑んで、ジェイドに応える。
「私もです。ジェイドはずっと大人で、あの頃の私はただ憧れていて……結婚してから、あなたを愛するようになりました」
ジェイドはロシェの手を取ってうなずく。
「今なら思い出に残る肖像画になるでしょう。それで……子どもが生まれたら、そのたびに描かせましょうね」
ロシェは昨夜のことを思って、恥ずかしそうにうなずいた。
二人はまもなく王族が個人的に来客を招く私室を訪れた。そこは広い窓から薔薇咲く庭を臨むことができる、国王のお気に入りの一室だと聞いていた。
「ジェイド、よく来た! 奥方様もようこそ。どうぞ楽になされよ」
そこでは既に国王リチャードが座していて、笑顔で二人を出迎えた。傍らには王子カイルの姿もあって、侍従たちは紅茶と茶菓子の給仕を待ち構えていた。
ジェイドは国王の前で片膝をついて、ロシェもそれにならう。
「お招きいただき光栄に存じます。こちらが妻となったロシェ・ヴィッテル」
「良い、良い。……一年も隠していたのは、この際不問にしよう」
国王は四十代の壮健な男性で、民たちにもそのおおらかさが聞こえていた。国王リチャードは冗談交じりに言うと、ロシェを見て優しく目を細める。
「ジェイド宰相は私の片腕としてよく働いてくれている。おかげで王子の教育も順調だ。ああ、ロシェ殿は王子に会ったことがあったのだったな」
「あ、はい」
ロシェは恐縮して頭を下げると、リチャードは楽しげに言う。
「ジェイドの奥方様でなければ王宮にお連れしたところだった。あの日の王子は実に楽しそうだったな。……王子、ロシェ殿にごあいさつを」
リチャードの言葉に、カイル王子はロシェに歩み寄る。そっとロシェの手を取ってキスを落とすと、彼はいたずらっぽくロシェを見上げた。
「……また綺麗になったな?」
その言葉にジェイドは少し眉根を寄せて、リチャードは笑った。
国王への謁見を果たすことで、ロシェはジェイドの妻として公式に認められる。これから社交界への出入りもますます忙しくなるだろう。
けれどロシェは、もうこの生活に怯んだりはしないと思える。ロシェはジェイドが側で支えてくれて、これからの長い人生をふたりで歩んでいくからだ。
紅茶が給仕されたのを見計らって、国王リチャードは優しく祝福の言葉を投げかけた。
「ご夫婦に、星と花の王から祝福を送ろう」
ジェイドとロシェがそれに続いて感謝の言葉を述べる。
始まったにぎやかなお茶会と同じように、ロシェは新しい日々を愛していくのだった。