戦略的恋煩い
 外で昼食を済ませ、ドライブがてら、いろんな場所に寄り道して帰ってきたのは18時を過ぎた頃。

 隣人とデートしてきたなんて未だに実感が湧かない。そもそも一夜の過ちに発展することも、口説かれることも想定外だった。明日になったら徐々に実感が湧くだろうか。今はとにかく独りになって頭の中を整理したい。


「小夏、こっち泊まったら?どうせ明日は日曜だし」


 しかし、私の部屋の前まで来た律輝は今日も泊まらないかと提案してきた。まさかの言葉に目が点になる。どうやらこの男、本当にワンナイトで終わらせる気はないらしい。


「今日は部屋の中、掃除しなきゃいけないから。あと明日は兄のボディビルの大会に付き添わなきゃいけない、私撮影役なの」

「ぶはっ……仲良いね」


 だけど私はやることが目白押しだ。万が一律輝が部屋に来た時に備えて掃除がしたいし、明日は兄の大会について行かねば。

 律輝は無表情から一転、歯を見せて笑い、しばらく肩を震わせてツボに入ってしまった。


「楽しそう、俺も行ってみたい。すごい興味あるからお兄さんによろしく伝えて」


 ひとしきり笑った律輝は、目を輝かせて図々しいお願いをする。どこか母性をくすぐるあどけない瞳で頼まれたら断る気すらなくしてしまう。


「伝えないから!」


 しかし、私と律輝は恋人でもなければ友達でもない。そこまでする義理はないと部屋の鍵を開けて「さよなら」と告げる。

 ところが洗面所に立つと、鏡の中の自分は楽しそうに笑っていた。
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