戦略的恋煩い
計画的愉快犯
 午後22時、鼻歌混じりに陽気に風呂から上がった私は戦慄した。


「ぎゃあぁぁ!」


 なぜなら、シンクに名前も口に出したくないヤツが――特大のゴキブリがいたからである。

 なんで、ついさっきまで居なかったじゃん!そもそも引っ越してから一度も見たこと無かったのに、どこから出現したの!?

 私は声の限り叫んで部屋を通り過ぎ、裸足でベランダに避難した。


「小夏、叫び声聞こえたけど大丈夫?」

「うぇぇ……Gが……Gが出た!」


 すると、叫び声を聞きつけた律輝がベランダに出てきてくれた。私はパーテーションの向こう側に顔を出し、半泣きで助けを求めた。

 ゴキブリは最低最悪の元彼より嫌いだ。それくらい生理的に無理。苦手だから年甲斐もなく騒いでしまったことを許して欲しい。


「どこに?」

「シンクにいるぅ……無理ぃ……」

「鍵開けられる?」

「頑張るから早く助けて」


 シンクにヤツがいると考えるだけで鳥肌が立つけど、ひとりでは立ち向かえないから律輝に助けてもらうことにした。

 薄目でシンクの中を監視しながら鍵を開ける。殺虫剤を片手に現れた律輝は、果敢に挑んで素早く処理してくれた。

 私は終始律輝を拝んで両手をすり合わせていた。律輝はゴキブリの死骸を入れたビニール袋をぎゅっと縛りながら、そんな私を不思議そうな顔で見つめていた。
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