戦略的恋煩い
「なにそのポーズ」

「神様仏様律輝様……助かりましたありがとう」

「いいけどまだ終わってないよ。シンクは熱湯処理しようか、お湯沸かしていい?」

「お願いします……」


 律輝が処理したからヤツの姿はもうどこにも見えないのに、よほどびっくりしたのか私の手がみっともなく震えている。

 「やばい手が震えてる」と手を見せて笑いかけると、お湯を沸かす準備をしていた律輝は手を止め、突然抱きしめてきた。


「怖かったね、ゴキブリって1匹出たら周辺に30匹いるっていうし、また出たら怖いから今日は俺の部屋に泊まる?」

「泊まらせてくださいぃ……」


 優しい手つきで怖いことを言う律輝。口車に乗せられて、真意の分からない誘いに乗って避難することにした。

 まさか1週間もしないうちに再び律輝の部屋に泊まるとは思ってなかった。台風より大したことないけど、私にしてみれば一大事なので止むを得ない。


「涙目なのかわいい」

「人の不幸を笑わないで」

「なんで?褒めたのに」


 律輝は泣きべそをかく私の頭を撫でて笑う。虫が平気な人からしたら、こんなことで泣くなんて、と内心馬鹿にしてるんだろう。でも助けてくれたことに変わりないから、されるがまま撫でられておく。


「いつも何時に寝てる?」

「日付変わるまでには寝たい。あ、でも私はこの前みたいにソファで勝手に寝るから大丈夫だよ」

「俺は一緒のベッドで寝たい、だめ?」


 同じベッドでは寝ない、そう伝えると、頭に触れていた律輝の指先が頬を滑って首筋に触れた。どこか官能的な指遣いに心拍数が上がっていく。


「手を出さないって保証してくれるなら」

「極力頑張る」

「絶対じゃないなら嫌」

「へえ、ゴキブリの処理だけじゃなくてシンク洗って消毒までしてあげたのに?」

「……良心につけ込むなんてずるいよ」


 何がなんでも一緒に寝たいらしい律輝は、弱みを握ったと言わんばかりに詰め寄ってくる。ぼそりと不平を吐き出すと、律輝はしてやったりとした顔で目を細めた。
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