戦略的恋煩い
 定時で帰った私はキッチンに立って律輝の帰りを待っていた。律輝は呑兵衛だから今日も飲むだろう。簡単なおつまみでも作ってやるか。あの人の休肝日は月曜だけらしいから。

 律輝はまだ帰ってこない。今日は体調不良で休んだ人の分のカバーしなきゃいけないから残業するって言ってたっけ。何時に帰ってくるだろうとスマホを見たけど連絡はなし。ところがその時、玄関のドアを隔てた向こう側から革靴の音がしてインターホンが鳴った。


「おかえり、帰ってくるの意外と早かったね」

「朝の告白が夢じゃないか確認したくて」


 ドアを開けて出迎えると、律輝はどこかそわそわした様子。普段クールな人の表情が崩れるといいなと密かに思ってしまった。


「大丈夫、夢じゃないよ」

「良かった」

「むしろ私でいいの?」

「小夏がいい」


 律輝は靴を脱いで上がると、私の存在を確かめるようにたぐり寄せ、そっと抱きしめた。律輝の匂いが鼻腔に広がって、私もどこかほっとした気分になる。

 隣人として出会って1年、あの台風の日から1か月。こういう仲になるなんて思ってもみなかった。


「小夏、好き」


 律輝は抱きついていた状態から離れて、笑顔を添えて思いの丈を打ち明ける。清々しい表情を前に、私も同じように笑顔で返した。


「知ってる」


 いたずらに返答すると、律輝は「好きって言ってよ」と笑う。

 でも、これでもかなりの進歩だ。昨日は目を背けてしまったけど、今日は向かい合って返事ができるのだから。

 こうして、同じマンションに住むお隣さん同士の交際がスタートした。
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