戦略的恋煩い
「仕事辞めるなら、俺と一緒に大阪行こう」


 律輝との将来を想像すると頬が緩む。だけど意味の分からない発言に一瞬思考が停止し、そして混乱した。なんで大阪に限定するの?


「大阪?」

「俺、大阪に転勤になった」

「……え?」


 商社に転勤は付き物。分かってはいたけど寝耳に水だ。だって結婚を考えるほど真剣なのに、私の意見を聞かずに決めると思ってなかったから。


「内示じゃなくて決定?」

「うん、とりあえず決定」


 どこか他人事で事務的な回答に気分が落ち込む。私のこと大事なら、その話はもっと早くするべきじゃない?

 一難去ってまた一難。元カレに遭遇したかと思えばこんな大きな決断を迫られるなんて。


「俺としては、小夏を連れていきたいと思ってる」


 律輝のまっすぐな瞳を直視できない。迷いが生じたからだ。でも思わせぶりな態度をとった私も悪い。律輝には散々職場の愚痴を言った。何度も早く仕事を辞めたいと酔った勢いで泣きついた。

 そのくせに、局面に立たされると決断できず怖気づいている。


「すぐ働かなくても、しばらく養えるくらいは稼いでるから」

「転勤って、いつ?」

「来年の4月」

「そっ、か……」


 この生活が突然崩れるなんて露ほども考えてなかった。しばらくは隣人という立ち位置で恋人同士の関係が続くと思っていた。

 じっくり考える時間なんてないのに、思考を整理する時間が欲しい。律輝と付き合って始めて、ひとりになりたいと思った。
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