戦略的恋煩い
 自分の家と同じ構造の風呂場とはいえ、いつもと違う匂いに包まれてホテルにでもいる気分だった。

 律輝さんは部屋を見れば分かるけど綺麗好きらしく、風呂場はカビ汚れのひとつも見当たらなかった。

 普段からきちんと掃除するタイプなんだろう。同じ時間に家を出て、私より遅く帰ってくることが多いのに偉いな。


「律輝さん、お風呂ありがとうございました」


 隣人綺麗好き。新しい情報を得てリビングに顔を出す。私が着るとダボダボになってしまったTシャツとスエット生地のハーフパンツを履いて彼の前に姿を表した。

 ソファに座ったまま私の頭からつま先まで視線を走らせた律輝さんは、その後ノーリアクションで私の顔を見つめる。

 顔を見られると困る。メイク道具を全種類持ち歩いてるわけじゃないから、イケメンと見つめ合えるほどの完璧な武装はできていない。

 チラチラ様子を伺いながら律輝さんの顔を見てると、その口元が動いた。


「呼び捨てでいいですよ。俺、年下だし」

「え?」


 何を考えてるか分からないから、突然の申し出に困惑した。呼び捨てで呼んでいいってことは、仲良くはしてくれるってこと?それなら敬語も他人行儀だからタメ口がいい。


「年下とか気にしなくていいから、律輝もタメ口で喋って。私のことも呼び捨てでいいよ」

「分かった、俺も小夏って呼ぶ」


 試しにフランクに話しかけたら、律輝は頬をゆるませ私を見つめる。無邪気な微笑みにぎゅんっと胸がしめつけられた。
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