東京
販売店に着くと、目を引く大きなポスターが貼られていた。それは安藤ユキコのポスターで、彼女の魅力が鮮やかに描かれていた。ユキコの魅力は、まずその純粋な輝きと人懐っこさだ。静岡県出身の彼女は、自然体で人と接し、笑顔で周囲を温かく包み込む力を持っている。ミツミプロスカウトキャラバンの初代チャンピオンとして鮮烈にデビューしながらも、芸能プロダクションで事務職もこなす「二足のわらじ」生活を送っていた。ただし、それは公には秘密の生活だった。

販売店に着くと、二階にある主任の部屋に案内された。仕事は明後日から始まるため、その晩は緊張が解けてぐっすり眠ることができた。翌朝、目を覚ますと、先輩たちが朝食をとっていたので、その席に加わった。すると、先輩のひとりがニヤリとしながら質問してきた。
「昨夜の布団、どうだった?」

何かあるのかと尋ねると、先輩は笑いながら「実はダニが棲みついてるんだ」と答えた。その言葉に、少し身震いしながらも、皆で笑いあう和やかな空気が広がった。その後、仕事の準備を進めるため、店内を案内してもらうことになった。

新聞の仕分けや配達のルートを覚えることはもちろん大事だが、それ以上に大切なのは、先輩たちとのコミュニケーションだった。その日の午後、先輩たちに連れられて、新聞配達のルートを下見することになった。滝野川の街は思っていたよりも広く、曲がりくねった細い路地や急な坂道が多かった。

自転車で回るには体力が必要そうだと感じながらも、これが自分の新しい日常になるんだ、と気持ちを引き締めた。先輩たちは慣れた様子で軽快に自転車を漕ぎながら、道順や配達先の特徴を教えてくれた。道端で挨拶を交わす人々の顔には、どこか親しみがあり、この地域の温かさが伝わってくる。

配達ルートの確認を終えた頃には夕方になっていた。店に戻ると、主任が「明日から本格的に始めるぞ」と声をかけてくれた。その一言に、期待と不安が入り混じった感情が胸に湧き上がる。その夜もまた早めに布団に入った。ダニの話が少し気になったが、疲れが勝って、すぐに眠りに落ちた。翌朝、まだ暗い時間に目覚まし時計の音で起きると、店内はすでに忙しさに包まれていた。

新聞の山が次々と運び込まれ、店の中は独特の紙の匂いで満たされている。先輩たちは手際よく新聞を仕分けていき、私はその動きを必死で追いかけた。初めての配達は、やはり緊張の連続だった。道に迷いそうになるたびに、事前に下見したルートを頭の中で思い出し、何とか指定された家に新聞を届けていく。

夜明け前の静かな街に、自転車の音だけが響き、時折すれ違う早朝のランナーや犬の散歩をしている人々が目に入る。配達を終えた頃には、空はすっかり明るくなり、朝の清々しい風が肌をなでた。初日を終えて店に戻ると、先輩たちが笑顔で「お疲れさん」と声をかけてくれた。

身体はクタクタだったが、達成感と少しの自信が心に広がっていた。これからの日々が少しずつ形作られていくのだと感じ、胸が高鳴った。
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