幼馴染みは御曹司+上司様

回想 書類舞う会議室で……

数秒もしない内にドアが開き、次長が苛立ちを露わにした表情(かお)
「やっと来たか……早く入りなさいっ!!」
と、声を潜めて言った。

その様子からわたしは
『間に合わなかった』と、悟った……。

『これでも急いだんですよー!!』
って、声を大にして言いたかったけれど……この場で言ってはいけないことぐらいは分かっているから、ぐっと言葉を飲み込んだ……。
だって……完全に言い訳(・・・)だもの……。

「失礼します」

緊張した面持ちで挨拶をしてから、わたしは会議室へと入って、不用意な物音を立てないように気をつけながらそーっとドアを閉めた。

チラッ……。

どんな人物(ひと)なんだろう……と、気になって、長テーブルを挟んで部屋の奥の椅子に座っている先方の(かた)に視線を向けるも……先方の(かた)の背後には大きな窓があって、太陽の光が差し込んで男性(・・)と、いうことは分かったけれど……どんな顔立ちなのか、表情すら確認することはできなかった……。

うーん、残念……。
気になるよ〜。

男女問わず初めて会う人がどんな人物(・・)なのか……興味を抱くのはごく当たり前のことで、分からないとますます気になるのはわたしだけじゃないはず……。

じっーっと、目を凝らして先方の男性がどんな人物(ひと)なのか……確認しようとして……って、いけない、いけない!
気になるけど、それよりもまず、間に合わなかったことに対する謝罪をしなくっちゃ……と、思考を切り替えた。

「……遅くなり、大変申し訳ありません……」

わたしは深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にすると……わたしの側にいた次長も一緒になって頭を下げてくれた……。

えっ、わたしのために……?

次長の姿を目にして、わたしの心の中に申し訳なさと感動の思いが溢れた……。

じ、次長……。
そんな……こんなわたしのために……。

「早く、お配りしてっ!!」

えっ……?

「いつまでもお待たせするわけにはいかんのだよっ!」

あ、あぁ……そういうことですか……。

次長の言葉に抱いていた気持ちが一瞬の内にすーっとなくなった……。
いわば、夢が醒める……って、感じ。

うん、うん。
そうだよね……。
同じ頭を下げるなら……わたしため(・・・・・)と、いうよりも会社(・・)に下げるよね。

そういうトコに気がつかないわたしって……ばか……。

そう、思う反面……
あの、次長……。
たった今まで次長に対して抱いていた申し訳なさと感動を返してもらえません?
と、勝手なことを思ったりもしているわたしの耳に次長の鋭い声が届いた。

先方の男性に聞こえないように……声を潜ませているはずなのにこうもハッキリと聞こえるなんて……相当、怒っているっていうことだよね……。

「ほらっ、早く早くっ!!」

「あっ、はいっ……!」

次長の声にわたしは慌てて頭を上げた……。

バチッ。

先方の男性ー青年と目が合った。

さっきは太陽の光で分からなかったけど……わたしが顔をあげた時、タイミングよく日が陰って、先方の男性の表情(かお)を見ることができたんだ。

ドキッ!

鼓動が大きく高鳴った。

かっ、かっこいい……。

キリッとした細く真っ直ぐひかれた眉。
切れ長い瞳。
すっと鼻筋が通り、結ばれた唇。
精悍な顔立ちの青年が目を細めて、微笑んだ。

うわっ……
優しい微笑み……。

ドキドキッ!!

一段と早く、大きく鼓動が高鳴り打ちつけた。

「きっ、君、企画書をっ!」

次長の声で、再びわたしはハッと我に返る。

あまりにも格好良くて……つい見とれちゃってた……。

「はっ、はいっ! すいませんっ……!」

わたしは企画書を渡すべく、足早に青年の方へと歩き出した瞬間……。

ーーえっ……。

視界がぐらついた……。

と、同時に……
「……お待たせしてしまい、誠にっ……」
申し訳なさそうに言葉を紡ぐ次長の声も途中で途切れた……。

それは異変を感じてのことだった……。

バサッ!!

大きな音が室内へと響き渡り、わたしの手から離れた書類が勢いよく、部屋の中に舞い散った。

ひらり……ひらり……と静かに舞う書類はまるで花びらが舞い散るように美しく、静かに床へと落ちていった……。

あろうことか、あたしは先方の青年に書類をお渡しするどころか派手にコケて、手にしていた書類の束をものの見事にぶちまけてしまったんだ……。

「きっ、君っ!」

次長が真っ青な顔をして悲鳴にも似た声で叫んだ。

「……いっ、た……」

「なっ、なんてことをっ……!!」

次長は慌てながら目の前に座っている青年に向かって深々と頭を下げた……。

「……しっ、失礼をっ……致しましたっ!! ほらっ、君も早くっ!!」

「えっ、あっ……」

思いっきり床に打ちつけた膝の痛みを堪えながら……わたしは何とかのろのろと立ち上がる。

「もっ、申し訳ありませんっ!!」

わたしも次長と同じように……深々と頭を下げた。

「クビ」

さらりと一言告げられた言葉。

青年(そのひと)は優しい微笑みを浮かべていたーー……。
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