ワケアリ無気力男子になつかれてます
素顔
○教室 昼休み
家庭科の調理実習で作ったマフィンの香りが教室を包む。
かんな「ヤコちゃん上手だね!」
夜子「そうかな?かんちゃんのも可愛いよ」
机を合わせ、お弁当の横に置いてある袋入りのマフィン。
かんなのマフィンはカラフルなチョコだらけ。
夜子のマフィンは猫の顔が書かれている。
かんな「どのくらい作った?私三個残ってるよ。全部同じだけどっ」
夜子「わたしも三個ある。クマとウサギと、もう一個同じ猫バージョン」
見せあいっこする二人。
かんな「んー!ヤコちゃん一個交換をお願いいたします!」
両手でマフィン献上するかんな。
夜子はかんなの手からマフィンを受け取り、自分のマフィンを乗せた。
夜子「はい、ウサギあげるね」
かんな「やったぁ!可愛い!ありがとうヤコちゃんっ」
両手のマフィンに目を輝かせるかんな。
夜子「わたしこそありがとう」
かんな「私もヤコちゃんと同じ班が良かったなぁ」
夜子「ギリギリ違う調理班だったもんね」
かんな「出席番号順で決めなくていいのにっ」
膨れっ面のかんなの顔を夜子は両手でしぼませる。
かんな「……あ!マフィン、見せてくる!可愛いから!」
夜子「え、見せ……?」
急に立ち上がったかんなは自分のマフィンと夜子のマフィンを手に走っていく。
夜子「誰に?」
(他のクラスの子かな。あげるならわかるけど……見せるだけなんだ)
教室を見渡す夜子。
夜子(マフィンを見せたりあげたりで、いつもより人少ないかも……)
お弁当を包み、マフィンに手を伸ばした時、夜子の頭に何かがぶつかり机に落ちる。
四つおりにされた白い紙。
夜子(?)
後ろを振り向けば、優麗がいて席に向かっていた。
夜子は不思議に思いながらも紙を開くと――
可愛いクマがマフィンを手に持ったイラストが描かれていた。
気になって夜子は優麗のもとへ。
夜子「先崎くん、これって?」
紙を見せながらたずねる夜子。
優麗は自分のマフィンを一つさりげなく夜子に差し出す。
優麗「今さっき、志賀さんが……黒羽さんのマフィン自慢してたの聞いた」
夜子「う……うん」
優麗「……俺も食べたい」
夜子「え、あ……」
差し出されたマフィンとイラストの意味――交換したいという意図をくみ取る夜子。
夜子「ちょっと待ってね」
夜子は残るマフィンのうちの、クマを優麗に渡し、優麗のマフィンを受けとる。
優麗「クマ……」
夜子のマフィンをまじまじと見つめる優麗。
夜子「絵にクマが描いてあったから。クマ返し?しようかと」
優麗「ごめん、俺のすごいシンプルで」
夜子の手にある優麗のマフィンは焼いたままのノーマル状態。
夜子「シンプル・イズ・ベスト、ってとこかな。ありがとう」
優麗「こちらこそ」
夜子「……でも、交換するのわたしで良かったの?他に上手な子、居たと思うけど」
夜子に優麗は首を振る。
優麗「いや、陽キャと交換とか無理……」
夜子「あー」
共感を覚える夜子。
それに、と続ける優麗。
優麗「……陽キャのお菓子こわいもん」
夜子(え?)
優麗は机に伏せ、夜子のマフィンを見つめる。
夜子は優麗の言葉に目をぱちくり。
夜子(お菓子がこわいってはじめて聞いた……)
優麗の姿を見ながら夜子は思う。
【でも……】
【先崎くんがわたしと交換したいって思ってくれたのは――すごく嬉しい】
○放課後
夜子は廊下を走っている。
教室に入り、自身の机からプリントを取り出し鞄に。
夜子(危ない危ないっ忘れるとこだった……良かった気付いて)
誰もいない教室をすぐに出ようとドアを開けた夜子。その真ん前に優麗がいる。
優麗「あ」
夜子「せ、先崎くんっ」
優麗の手にはカゴいっぱいの本。
夜子「あ、委員会の仕事?」
優麗「うん、破れとか汚れを補修した本を戻しに」
見た目とは裏腹に平気そうに持っている優麗。
夜子「一人で?」
優麗「同じ人今日休みだから」
夜子(あ、そうだ今日休みだった子も図書委員だったな)
優麗「黒羽さんは、帰ったんじゃなかったの?」
夜子「わたしは課題のプリント忘れて取りに」
優麗「あぁ。良かったね気付いて。……俺、図書室行くからまた」
ゆったりと歩き出す優麗を夜子は追いかける。
夜子「良かったらわたし、手伝うよ?」
二人とも足を止める。
優麗「うん……来て」
夜子は優麗の後ろから付いていく。
○図書室
夜子「誰もいない?」
優麗「月に一度の休み。なおった本を戻すのと……」
受付カウンターの横テーブルに優麗はカゴを置くとカウンター下を指さす。
そこには、色違いのカゴに本の山。
優麗「補修箇所のある本をなおして先生に渡す……っていう日」
夜子「図書委員の仕事も大変だね……」
優麗は本をカゴからだしていく。
優麗「だから正直、俺一人じゃんと思って。でも気まずいのやだし気楽かとも思ったんどけど……黒羽さん来てくれて助かった」
夜子の方へ振り向き、やんわりと笑みを見せる優麗。
優麗のなかなか見れない表情に、夜子は不意にドキリと胸が鳴った。
優麗「棚の番号と色のシールで場所分かるから、あいうえお順で戻してもらえる?」
夜子「あ、うん!」
優麗も夜子もてきとうな順番の本を何冊か手に持つ。
優麗「届かないとこは俺に言って」
夜子「わかった。そうするね」
よろしく、と優麗の言葉を合図に作業を開始。
二人の足音と、本が擦れる音しか聞こえない。
夜子(これは……こっちで。次は……)
優麗「ちょっとごめん」
夜子「え――」
ふわっと夜子頭を掠める優麗の腕。
夜子の頭上の棚に優麗は手を伸ばして本を戻す。
思わず固まる夜子は優麗を見ず謝る。
夜子「ご、ごめんっ邪魔だった」
優麗「いや真剣にやってるなぁと思ったよ。俺届くから大丈夫」
夜子(びっくりした……)
近さに驚いた夜子はドキドキと心臓がうるさくなる。
優麗「俺、先に本なおしに入るね」
夜子「わ、わかった!」
優麗の靴音が離れていき、夜子は胸を撫でる。
夜子「……はぁ」
(何でわたし、こんな動揺してんだろ……)
深呼吸をして、夜子は本を棚に戻す。
――受付カウンターに戻る夜子。
すでに座って作業をしている優麗が顔を上げる。
優麗「お疲れ、ありがと」
夜子「お……」
優麗「え?」
夜子は優麗を見て口が半開きになる。
夜子(――おでこ)
知らぬ間に優麗の前髪があげられピンに留められていた。
夜子はつい見いってしまう。
【いつもは目が隠れちゃうくらいの前髪の長さなのに――】
優麗「黒羽さん?」
夜子「ご、ごめん!?」
優麗の声に謝る。
優麗「なんか俺もごめん」
夜子「え?」
優麗「警察ん時以来じゃん、こういう感じ。あの時の方がヤバイけど……」
少し気まずそうに顔を反らす優麗。
夜子は優麗に歩み寄る。
夜子「いいんじゃないかな……先崎くん、格好いいし。ファッションは自由なんだし!」
笑う夜子に、優麗は切なそうな表情をする。
優麗は横にある椅子を自分の隣に引き寄せ、夜子に座るよう促す。
夜子は大人しく椅子へ。
手を止めて優麗は夜子に切り出す。
優麗「ファッション……っていうのもあるけど、俺……」
優麗は夜子とは逆の方へ顔を向ける。
少しの間があき、優麗は口を開く。
「元は……不良で……」
優麗の言葉の最後の方は消え入りそうな声。
優麗の顔は夜子にはうかがえない。
【不良――】
【先崎くんが……】
夜子は優麗を見据える。
夜子「……ありがとう先崎くん」
優麗「……なにが?」
夜子の言葉に驚いた優麗は夜子に向く。
夜子「だって、言わなければわたしはわからないのに……教えてくれたから。そのありがとうだよ」
夜子は笑うが優麗の表情は変わらない。
夜子「わたしが知ってる先崎くんは、こう……ドヨンとしたり、ちょっと笑ってくれたり、一緒にゲームして負けず嫌いだったり……優しいの」
だから、と夜子は続ける。
夜子「元不良でも、何でもいいかなって……思っちゃった」
夜子の言葉に目を見開き、優麗はマスクを外す。
優麗「……俺も、黒羽さんなら言ってもいいって思った。……正解だったみたい」
優麗は薄く笑うが夜子は顔を手で覆っている。
優麗「黒羽さん?」
つんつん、と夜子の手をつつく。
夜子「一瞬見ましたありがとう」
早口になぜかお礼を口にした夜子。
優麗は夜子を見て笑う。
優麗「ねぇ、黒羽さん」
夜子「はい……」
優麗「今度……俺ん家来ない?」
夜子「へ」
顔を覆っていた手が膝に落ちる。
夜子(え?家?先崎くんの?……わたしが?)
「え、っと……」
優麗「ちょっとした店やってるんだ。だから遊びに来ないかなって」
夜子「お店……先崎くんのご両親がやってるの?」
夜子の問いに優麗はぎこちなく目を反らす。
優麗「い、一応……兄貴」
夜子「一応?」
優麗「……うん」
二人の全体図。
間のあいた返事をする優麗。