一生分の愛情をもらいました。

崩れた日常

華は仕事を終えた午後、いつもより早く帰宅した。

週末を迎える準備でいつもなら忙しい店内だったが、今日は比較的落ち着いていたため、予定より早めに上がらせてもらった。
彼氏の翔太へのささやかなサプライズのつもりで、店で焼いたフランスパンを手土産に持ち帰ることにした。


古びたアパートの階段を上り、鍵を開けて玄関に入ると、まず目に飛び込んできたのは見覚えのない赤いパンプスだった。

「…誰の？」
華はゆっくりと靴を脱ぎ、リビングを覗いた。しかし、そこには誰もいない。
代わりに、寝室から甲高い喘ぎ声と水音そして翔太の声が聞こえてきた
「ああんっ...。イクッ...イっちゃうう」

「ああっ。イケよ...はあっ...締め付けすぎだ。最高だ」

「ひああああ...イクっっ」

心臓が跳ねるように脈打ち、息が詰まった。これは何かの間違いだ、そう信じたかった。
しかし、頭ではそれが無駄な抵抗だと分かっている。
震える手でドアを押し開けると、目の前に広がったのは、信じられない光景だった。



ベッドの上には彼氏と見知らぬ女性。シーツは乱れ、2人はいかにも行為が終わったという格好をしていた。

「華…？なんで早く帰ってきたんだよ。」
彼氏が動揺した様子で口を開いたが、華は言葉を失っていた。

「翔太。これ…どういうこと？」
声が震えていた。怒りと悲しみで視界がぼやける。


「違うんだ、これはその…ただの出来心っていうか、遊びなんだ。」
彼は焦ったようにベッドから立ち上がり、シーツを巻きつけながら弁解を始めた。


「遊び…？私とあなたの関係は何なの？ただの本気じゃない付き合いだったわけ？」
華の声が怒りで震えた。

一方、浮気相手の女性はベッドの上で余裕な表情を見せながら、呆れたような口調で口を挟む。
「彼、そんなに責めないであげたら？私たち、楽しんでただけだし。」

その軽薄な態度に、華の感情が爆発した。
「ふざけないで！この家で、私がいない間に汚らわしい」


「華、頼む、話し合おう。」
彼氏が手を伸ばして近づいてくるが、華は一歩も引かなかった。

「触らないで！話し合う？何を話すの？もう、全部見た。終わりよ。」
その言葉に、彼氏は一瞬固まった。彼の手が宙に浮いたまま止まり、浮気相手の女性が面倒くさそうに肩をすくめた。

「まあ、そういうことなら、帰るわ。面倒な女だね。」
女性はパンプスを履き、ベッドサイドから立ち上がると、何事もなかったかのように立ち去った。

華は何も言わず、振り返って玄関へ向かった。震える手でバッグを掴み、ドアを勢いよく開けると、彼氏の声が追いかけてきた。
「待ってくれ、俺が悪かった！ちゃんと話そう！」

振り返らずに華は叫ぶように言い返した。
「私たちはもう終わり、二度と顔を見せないで！」

夜の冷たい風が、華のほてった頬をなでた。涙が止まらず、何もかもが崩れ落ちた気がした。
あてもなく街をさまよい、ようやくたどり着いたのは、薄暗いバーだった。