一生分の愛情をもらいました。
華がゆっくりとまぶたを開いたのは、隼人が付き添い続けてから半年が経とうとする冬の朝だった。病室の窓から差し込む朝日が、彼女の顔を優しく照らしていた。

「華…!」

隼人はその瞬間、目を見開き、思わず彼女の名を呼んだ。長い間その声をかけ続けてきた彼にとって、彼女が反応を示したのは初めてのことだった。彼は胸が詰まるような感動と共に、そっと彼女の手を握りしめた。

「…ここは…?」

かすれた声でつぶやく華。その声を聞いた隼人は嬉しさで涙をこぼしながら、彼女の顔を覗き込んだ。

「華!やっと目を覚ましたんだね。大丈夫だよ、ここは病院だ。ずっと俺がそばにいたんだ。」

しかし、華の目は隼人を見ているようで、どこか遠くを見ているようでもあった。

「…あなたは…誰?」

その一言が、隼人の心を冷たく締め付けた。目の前にいる愛する人が、まるで知らない他人を見るような表情を浮かべていたのだ。

「華…俺だよ、隼人だ。君のことをずっと見守ってきたんだ。覚えてない…?」

華は困惑した表情で首を横に振った。その仕草は、小さな子どものように無防備で、しかし隼人には痛々しく映った。

医師の説明によると、華の脳は心停止の際に長い時間酸素を失ったことで、記憶の一部が損傷している可能性があるとのことだった。それが原因で隼人の存在だけが欠け落ちてしまっているのだと。

華は隼人のことを覚えていないままリハビリの日々を過ごし、少しずつ体力を取り戻していく。隼人は彼女の回復を心から喜びながらも、自分が恋人だったことを押し付けるようなことはせず、ただ医師として彼女のそばにいることを選ぶ。しかし、隼人の何気ない優しさや、彼がかつて語っていた「医師として命を守りたい」という情熱に、華は自然と惹かれていく。


病院の庭で、二人は並んで座っていた。静かな風が華の髪を揺らす中、彼女がぽつりと話し始めた。

「南野先生、時々夢を見るんです。」
「どんな夢?」
隼人が問いかけると、華は困ったように笑いながら言った。
「顔は見えないけど、誰かが私の名前をずっと呼んでいるんです。とても優しい声で、何度も何度も。」

隼人はその言葉にハッとしたが、表情を崩さずに微笑んだ。「それは、君をとても大切に思っている人がいるってことだよ。」

その言葉に華は頷きながら、ふと真剣な顔で隼人を見つめた。「南野先生って、不思議ですね。どんなに一緒にいても、初めて会った気がしないんです。」

隼人はその言葉に胸が締め付けられる思いだった。


ある日、華は病室で目覚めた直後に、ふとした瞬間に隼人の名前を口にしてしまう。「…隼人さん…?」
その名前を自分が口にしたことに驚いた華。隼人が駆けつけて彼女の名前を呼ぶと、華は彼に問いかけた。
「どうして、この名前を知っているのか分からないんです。でも、先生のことを“隼人さん”って呼びたいと思った。」

隼人は驚きつつも、その言葉に大きな希望を感じた。
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