一生分の愛情をもらいました。

華は集中治療室を出て、徐々に体調が回復し、リハビリも順調に進んでいた。しかし記憶はまだ完全には戻らず、隼人との関係も「頼りになる医師」という認識にとどまっていた。

ある日の午後
リハビリ室での運動を終えた華は、ふとした瞬間、頭に鋭い痛みを感じた。
「痛っ…」
その場に立ち尽くし、手でこめかみを押さえる。頭痛は一瞬だったが、その直後、心の中に溢れ出すような映像が浮かび上がった。


薄暗いバーで微笑みながらカクテルを飲む自分。そして、その隣に優しく話しかける男性の姿。初めて名前を呼び合ったときの温かさや、自分を励ましてくれた隼人の声…。

「華、大丈夫だよ、俺がついてる。」
彼の声が鮮明に蘇り、まるで押し寄せる波のように記憶が一気に戻ってきた。

「隼人さん…！」
華は胸が締め付けられるような感覚とともに、その名前を口に出していた。


華はリハビリを切り上げ、その足で病院内を歩き回った。スタッフに尋ねると、「南野先生なら外来診察が終わって、病棟に向かったはずですよ」と教えられる。

華は焦る気持ちを抑えながら、病棟の廊下を歩く。すると、少し先を歩く隼人の背中が見えた。白衣越しに感じる彼の存在感に、華の目には涙が浮かぶ。


「隼人さん！」
華の声が廊下に響き渡った。その声に隼人はハッと足を止め、振り返る。そこには涙を浮かべながら自分を見つめる華の姿があった。

隼人の心臓が一瞬止まったように感じた。それまでの冷静な態度は崩れ去り、気づけば理性では抑えられない感情が込み上げてきた。
「華…！」

医療従事者として院内での行動規範は熟知している。それでも、その瞬間には何もかも忘れていた。禁止されているとわかっていながら、隼人は駆け出した。


華のもとにたどり着いた隼人は、息を切らしながらも躊躇なく彼女を抱きしめた。
「華…！本当に、戻ってきてくれたんだな。」

隼人の腕の中で、華は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにその肩に顔を埋めた。

「ごめんなさい、隼人さん。ずっと忘れていて…。でも、全部思い出したの。」

彼女の声は震えていたが、その言葉には確かな温かさと愛情が込められていた。

隼人の肩に染みる華の涙を感じながら、彼の胸にも感情が溢れ出していた。

「謝ることなんて何もない。君がこうして戻ってきてくれただけで、俺は十分だ。」


廊下にはちらほらと病院スタッフや患者たちの視線が集まっていたが、隼人も華もそれに気づく余裕はなかった。
ただただ、二人だけの時間が流れていた。

「ずっと信じてた。君が戻ってきてくれるって。」
隼人は彼女の肩を少し離し、その目を見つめながら微笑んだ。その目には涙が滲んでいたが、そこには安堵と喜びが溢れていた。

「ありがとう、隼人さん。ずっと私を見守ってくれて。」
華は再び隼人の腕の中に飛び込むようにして、彼の背中に手を回した。


その夜、隼人と華は彼女の病室で静かに語り合った。失った時間のこと、これから取り戻していく未来のこと――すべてを包み込むように、二人は寄り添っていた。