怪物公女の母でしたが、子煩悩な竜人皇子様と契約再婚致します ~私は愛する娘に殺される運命でした

19 別れの誓い

 
 離婚式を行う神殿はテオドールの邸宅から3時間程馬車で揺られた場所にある。

 15歳のマリアンヌが仮面舞踏会に出席し、アレクシスと出会った半年後に2人はこの神殿で婚姻の式をした。

 (あの頃は一刻も早く侯爵家から出て行きたくて、アレクシスの言われるままに結婚をしてしまったわね)

 マリアンヌは、15歳の夜にアレクシスに悩みを相談してしまった事を後悔している。

 (私が自分で解決すべき事だったのにあの時私は立ち向かわずに結婚という形で逃げてしまった)

 ガタゴトと揺れる馬車にテオドールと並んで腰かけたマリアンヌは深い溜息をついた。

 「マリアンヌ…すまない。この道は少し揺れが激しい様だ。疲れるだろう……昨夜も殆ど眠れていないのに」

 「大丈夫です! 昨夜はルイス様の魔道具を使って沢山準備しましたからね。皆様のおかげでエリーンをお留守番させて出かけられるのですから、本当にありがたい事です」


 ――昨夜はルイスが考案したガラス瓶にマリアンヌは搾った乳を入れて沢山冷凍魔道具を使い、凍らせていた。

 「メイド達もいるし、冷静なルイスと元気なローラもいる。そういえば、ローラが作ったおもちゃの魔道具は、エリーンのお気に入りになったな」

 そうなのだ。
 ローラが作ったあの動くおもちゃの魔道具はエリーンが大層気に入っていて朝から晩までクルクルと回るおもちゃをじっと見つめている。

 「はい。今まではおむつを交換する時や、湯浴みをさせた後の着替えの時にぐずり泣きをしていましたが、あのおもちゃをじっと見ているので全く泣かなくなりましたね」

 「ローラとルイスは子供用の魔道具を作る天才かもしれないな」

 明るく笑いかけるテオドールにマリアンヌはドキリとしてしまった。

 (ど、どうしましょう…。テオドール様が笑っただけなのに、こんなにも胸が苦しい)

 いつも自分の事ばかり心配してくれるテオドールに申し訳ない気持ちになったマリアンヌは、テオドールの邸宅に世話になってから疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。

 「テオドール様は魔晶石を探していたでしょう? 私がお貸ししている魔晶石はテオドール様のお役に立てているのでしょうか……」

 テオドールが驚いてマリアンヌを見る。

 「私の身体の事を心配しているのか? ありがとう……」

 テオドールは、下を向き、耳まで赤くなっている。

 「その……私の心配をしてくれる人間は子供の頃からルイスだけだったから」

 (そういえば……テオドール様は幼い頃からなんでも人より優れていて、お世話をされた事がないとルイス様から聞いた事があるわ)

 ――どんなに手のかからない子供でも、寂しくない訳が無いのに……。

 「テオドール様は私とエリーンの家族なのですから、お辛い時は遠慮なく頼って下さい。あの日、私に仰って下さいましたよね? 貴方は独りじゃないですよ」

 テオドールの瞳が大きく見開かれ、マリアンヌの菫色の瞳をじっと見つめる。

 「そうか。私達は夫婦になるのだからな……ではマリアンヌ、少し疲れたので肩を借りても?」

 「ええっ? キャッ!」

 ポスリ、とテオドールの黒く艶やかな頭がいきなりマリアンヌの肩に置かれ真っ赤になったマリアンヌの頬に柔らかいテオドールの黒髪が触れる。

 そっとテオドールに目をやると瞳を閉じてマリアンヌにもたれ掛かる美しい顔が間近に見えてドキドキしてしまう。

 「マリアンヌ……ありがとう。私の魔力暴走は周期的に起きる。1年前に魔力暴走で皇帝に魔晶石を借りたから、現れるとすれば、来年以降……。大体2~3年の間だから。怖くなった?」

 マリアンヌはハッとした。

 そうだわ! 
 何故気付かなかったのだろう……1年後、テオドール様の魔力は再び暴走するのだった。

 回帰前、エリーンが1歳の誕生日を迎えた日に王都に魔獣が現れた!   

 魔獣の大群を退治して下さり、皇帝に褒美を聞かれたテオドール様は魔晶石を譲って欲しいとお願いした。
 このあと皇帝は自分が持つ「ドラゴンの涙」』は譲らずに、魔晶石を献上した者に褒美を出すというおふれを王都に広めた。

 確かあの時の噂では、人喰い皇子が呪いのせいで獣の血が欲しくなり魔獣を討伐した結果、暴走した魔力を皇帝の持つ魔晶石が鎮めた、という内容だったわ!

 魔獣討伐の褒美を皇帝から聞かれたからテオドール様は「ドラゴンの涙」をお願いしただけなのに。

 ――身の程知らずにも、呪われた皇子が好き放題魔力を使って人や獣を襲う為に魔晶石を欲しがっている。

 当時、あれ程魔獣討伐で活躍した皇子に対する人々の反応を思い出してマリアンヌは唇を噛む。

 「あの…。テオドール様の魔力が暴走すると魔獣討伐や戦争をしたくなる、という噂は…」

 テオドールは、瞳を閉じたままクスリと笑う。

 「――面白い噂だな。正確には反対だ。戦争や魔獣討伐のせいで魔力が暴走して身体に異変が起きた時に、私は魔晶石の力を借りて身体の魔力を鎮める。皇帝は魔晶石を貸した見返りとして魔獣討伐や戦への依頼を何度でもする、という事」


 何て酷い! 

 マリアンヌは怒りに震えた。

 (では…。エリーンを怪物公女と断罪してテオドール様を大公邸に向かわせたのは皇帝の魔晶石への見返り…?)

 「私は、皇帝との関係を解消したくて独自に魔晶石を探し始めたのだ。しかし私が探していた魔晶石は私の母の故郷『ドルネシア国』で神殿に祀られていた位に希少な物だったから……半ば諦めていたのだ」

 マリアンヌはふと、何故自分の実の父はその様な希少な石を持っていたのか不思議に思った。

 「――私の母は子爵家の令嬢だったのですがある日、旅商人と恋に落ちて駆け落ちをしたそうです。ところがある日、商談に行く途中で父が乗っていた馬車が、がけ崩れに遭い亡くなりました。この時、母のお腹には私が……。身重の母は実家である子爵家へ戻って私を産みました」

 テオドールはマリアンヌの手をギュッと握りしめる。

 「――そうだったのか。マリアンヌも生まれた時から親の顔を見た事が無いのだな」

 「父は旅商人でしたから、もしかしたらどこかで魔晶石の取引をしたのかもしれませんね」

 「――そのお父上の形見が私達を巡り合わせた。不思議だな……」

 運命の出会い、とか真実の愛、など人々は偶然の出会いに何か理由を付けたがる。

 マリアンヌは、長い結婚生活を経験したのでそんなものは幻想に過ぎないと思っている。


 でも……。

 「なにかのご縁があったのでしょうね……」

 マリアンヌが柔らかく微笑む。

 2人を乗せた馬車はやがて神殿に到着した。


 ***


 帝国ではその昔、王族や貴族は結婚や離婚をした時、神殿で神の前で誓う習わしがあった。

 神の前で一生を添い遂げる誓いをしたのだから、当然約束を反故にした事を神の前で報告し、赦しを得るのだ。

 しかし、今ではとっくに忘れ去られたこの習わしを今頃引っ張り出してくるとは。

 マリアンヌは呆れて目の前で自分に向かって笑いかける男の顔を見つめた。

 「やぁ……。マリアンヌ、お仕置きが怖くて逃げ出した挙句男の家に転がり込んでいる、というのは本当だったんだね。純粋な妖精みたいなマリアンヌはもういないんだね……」

 ゾクリ、とする凶悪な瞳でマリアンヌを見つめるアレクシスに冷たい汗が背中に流れる。

 離婚式は神殿の祭壇の前で互いの指輪を返す儀式だ。

 婚姻の時は互いの指に嵌めて愛を誓い合うのだが、離婚式では互いの指から指輪を外して祭壇に置く。

 神殿の大司教が結婚無効の書を読み上げ、指輪を外す儀式になった。

 先ずはマリアンヌがアレクシスの指輪を外す。

 アレクシスは婚姻した頃よりも少し指が太くなっていた。
 中々指輪が外れない。

 「マリアンヌ、結婚式の時の純白のドレスも素敵だったけれど、その黒いレースのドレスもそそるね。男を惑わす色香を感じる。君の連れの男はあの貧相な男なのか? がっかりだよ」

 耳障りな囁き声が耳元でする。

 テオドールは祭壇から見える位置に立ってこちらを見守っているのだが、魔法を使い顔を変えている。

 髪色と瞳の色だけは同じにしたのは、ヵレンに透視されていたかもしれないからだ。

 「――貴方みたいな最低な人間よりもずっと誠実だわ!」

 マリアンヌはそう言って、力一杯指環を引っ張ったので何とかアレクシスの指輪を祭壇に置く事が出来た。

 次にアレクシスが指輪をマリアンヌの細い指から外す。

 僅か2年の結婚生活でマリアンヌの指は婚姻した時よりも細くなっていた。

 ――アレクシスの手がマリアンヌに触れる。

 ゾクッとする嫌悪感を懸命に耐える。

 「――この指に私以外の男が指輪を嵌める日は来ないだろうね……」

 「? 何を……」

 細いマリアンヌの指から結婚指輪が外れて床に落ちる。
 「あっ……」

 声を上げたマリアンヌを制して、テオドールはかがんで指輪を拾い祭壇に置いた。

 「――この離婚を神はお認めになりました。お二人は他人となった事を誓いますか?」


 2人は同時に宣言した。

 「――誓います」



 ***


 離婚式が無事に終わり、マリアンヌがテオドールの元へ駆け寄る。

 「テオドール様、緊張しましたが無事に終わりました!」

 テオドールがマリアンヌの手を取る。

 「マリアンヌ……疲れただろう。早く帰ろう」

 神殿の外に停めていた馬車に向かうとアレクシスが待っていた。

 顔を強張らせたマリアンヌに近寄りアレクシスはそっと耳元で囁く。

 「マリアンヌ…。今日はあの気味の悪い赤子は連れて来ていないんだね?」

 「やめて。エリーンを気味が悪いなんて言わないで!」

 マリアンヌが睨みつけるとアレクシスが意味深な発言をした。

 「ゆっくり帰る事だな……。あんまり早く帰るとおぞましい光景を見る事になる」

 「――え?」

 アレクシスはポケットに手を入れたままニヤニヤと嗤う

 テオドールの瞳がギラリと光り、アレクシスの上着のポケットを探る。

 「あっ……これは……どういう事?」

 ポケットの中には先程マリアンヌの指に嵌められていた指輪があった。

 そしてもう一つの物を見つけたテオドールが叫ぶ。

 「貴様っ! 魔道具を使ったな?」

 何が起きているのか、マリアンヌには分からなかった。

 「アレクシス……何をしたの?」

 テオドールがアレクシスに殴りかかる。

 「おいおい……こんな事してる時間あるのか? まぁ……もう間に合わないか……」

 テオドールが鬼の形相になりながら無詠唱で魔法陣を描く。

 「テオドール様?」

 「――マリアンヌ、私から離れるな。この男は持ち主の家を探知する魔道具を持っていた。恐らく通信魔道具も……エリーンが危ない!」

 グワングワンと頭の中が激しい音を立て、身体中の血が逆流する感覚に支配されたマリアンヌは大声で愛しい娘の名を叫んだ。

 「――エリーン! いやぁ――っ」


< 19 / 20 >

この作品をシェア

pagetop