怪物公女の母でしたが、子煩悩な竜人皇子様と契約再婚致します ~私は愛する娘に殺される運命でした

20 エリーンの危機


 アレクシスは、絶望した顔で泣き叫ぶマリアンヌの顔を見て興奮していた。

 あぁ……そうだ……この顔だ……!

 私の心が満たされる。
 マリアンヌ……君の涙はなんて美しいのだ……。

 ***

 ――離婚式の前日、地下牢の実験室に現れたフィリップ皇子は驚くべき提案をしてきたのだ。

 「私の可愛いカレンが、両親を救って欲しいって言うから来てみたんだけどさ。お前、本当に面白い男だねぇ。この二人、王城に連れて行くけど、文句ないよねぇ?」

 アレクシスが言葉を詰まらせる。

 「うっ……。そ、それは……」

 「う~ん…このままカレンの両親だけ貰うのも気が引けるから…私と取引しない?」

 「取引……ですか?」

 フィリップ皇子はニヤリと笑った。

 「私も鬼ではないから今見た事は父上には黙ってあげる。それに…微弱とはいえ2人も異能者を貰うんだからさ、何かプレゼントしないとねぇ」

 アレクシスが呆然としていると、フィリップ皇子は二つの魔道具を見せた。

 「これは、通信魔道具と追跡魔道具。対象者が身に着けているものがあればこの魔道具を作動させれば住んでいる家が分かるよ。あとはこの通信魔道具があれば、自分の手の者を対象者の家に向かわせる事が出来るだろう」

 アレクシスの瞳が喜びに満ち溢れる。

 「ありがとうございます! こんな事までして頂き……」

 「――じゃあさ。今後面白そうな異能者がいたら直接私に連絡してよ。どうせピレーネ公国は異能者がいても、ほとんど帝国に献上してるんだし」

 アレクシスは下を向いて笑っていた。

 (どうせ私には関係ない事だ。異能者はもはや帝国のもの。これまで帝国に内緒で実験を繰り返しても失敗ばかりだった。この皇子をうまく利用すればマリアンヌを取り戻す事だって!)

 「――はい、仰せのままに。フィリップ皇子殿下」


 ***


 こうしてアレクシスはマリアンヌとの離婚式で指輪を外す儀式の時にわざと指輪を落とし用意していた偽の指輪をマリアンヌの指輪として祭壇に置いた。

 素早く本物の指輪をポケットに忍ばせる。

 離婚式が終わると、通信魔道具を使い神殿の前に停まっている馬車を配下の者に確認させる。

 馬車に赤子が乗っていない事が分かったのでマリアンヌの指輪を追跡魔道具に入れた。

 すぐに王都から離れた寂れた地方の邸宅だと分かるとアレクシスは命令した。

 『今から魔道具で送る場所に兵士を集めろ。黒髪の赤子を殺せ。使用人が抵抗するなら全員亡き者にしろ』


 ――マリアンヌ。君には私そっくりの子を産んで貰わないとね……。


 ***


 「今頃マリアンヌ様は、無事に離婚式を終わらせているかしらね」

 すやすやと眠るエリーンをニコニコとローラは見つめていた。

 ――なんて可愛らしいの!   
 このお口をむぐむぐさせてるお顔とか、眩しい時にお顔をしかめる仕草とか……もう、ずっと見ていたいわ!


 「ローラ……しまりのない顔をして……。侍女なのですからもう少しキリリとした顔でいなさい」

 ――またルイス様のお説教が始まったわ。

 でも私だけは知っている。

 ルイス様はエリーンお嬢様とお二人だけでいる時、内緒でほっぺをツンツンしたり、エリーンお嬢様に自分の指をぎゅっと握らせているのだ。


 「――私の顔に何か?」

 ――面倒くさい方だわ……まったく……。


 すると突然、ルイスがローラに覆いかぶさりの口を塞いだ。

 「ふごっ……」

 真っ赤になりながらドキドキしているローラの耳元でルイスが囁く。

 『しっ……。黙って…侵入者です!』

 「ふぐぅっ?」

 ***



 口を塞がれながら、ローラの脳裏には最悪の結末が浮かんでいた。

 ――暗殺者? 誰を? そんなの決まっている!

 ローラはゆりかごの中でじっとおもちゃを眺める可愛らしいエリーンを見つめて涙が出そうになった。

 (本来なら公国で大切に育てられる筈だった公女様なのに!)

 ローラはおもちゃはそのままクルクルと動く様にしながらそっと音楽を止めた。

 幸いにもエリーンはおもちゃの動きをじっと見つめている。

 ホッと胸を撫で下ろしたローラはルイスに目配せをする。

 一体何人の不審者が入り込んでいるのか。

 ルイスが扉の前で聞き耳を立て、ローラは窓際にそっと身を隠してカーテンの隙間から外を覗いた。


 「――ひっ!」


 余りの光景に足がガクガク震え、口を手で覆う。

 叫び出したい気持ちを押し殺し、ルイスに合図を送る。

 暗殺者、というのは大抵は2,3人だろう。

 いや、多く見積もっても10人くらい?

 ――邸宅は屈強な100人以上の兵士達に囲まれていた。

 ルイスが溜息をつく。

 「まったく……とんだ子ウサギですね。こんなに大勢がウサギを欲しがるとは……」

 ローラの目の前でルイスは無詠唱で転移魔法の魔法陣を描き始めた。

 「私は今から外の連中を片付けて参ります。ローラはそちらの隠し扉に隠れていなさい」

 そう言うとルイスは隠し扉の場所を教えて姿を消した。

 邸宅の外では、兵士達の怒号とガキン、ガキンという剣がぶつかり合う音が聞こえる。

 ローラは音を立てない様にそっとゆりかごを押した。

 このゆりかごは、ルイスが改良してボタンを押すと車輪が出てゆりかごを女性の力でも移動させる事が出来るのだ。


 落ち着いて
 ゆっくり
 音を立てない様に

 慎重にゆりかごを押して、隠し扉を開ける。

 そっと中に入ると、窓もない小さな小部屋でどうやら使わない物を一時的に保管する倉庫の様だ。

 ローラは部屋の中を見回した。

 ――古びて音も出ないのではないかと思われるピアノや鎧、マホガニー製の大きな書棚…。

 あぁ……何てこと!
 武器になりそうな物が何も無い……。

 ――このまま100人以上の兵士を相手にルイス様がどれくらい持ち堪えるのだろう。

 ゆりかごの中のエリーンを見ると、何も知らずに一生懸命じっとおもちゃが揺れるのを見ている。

 ――ポタ……と涙がゆりかごに落ちる。

 (泣いてる場合じゃない! 私がエリーンお嬢様をお守りするのだ)

 ゴシゴシと目を擦ると気合を入れて外の音を聞く。

 100人以上の兵士がいたとは思えない程、外の音が聞こえない。

 (ルイス様! どうかご無事で…)

 ――その時だった。

 キイ……という扉の開く音が聞こえる。

 (ルイス様……?)

 いや……違う! 


 この部屋の隠し扉を教えて下さったのはルイス様だ。

 コツコツ……と足音が響く。

 「おい……この部屋にもいないぞ?」

 「黒髪の赤ん坊を殺せ! なんて簡単な仕事だと思ったのにな」

 「くそっ! 他の部屋を探せ!」

 ホッと胸を撫で下ろす。

 その時ゆりかごの中で異変が起きた。

 「ふ……ふぇ……」


 先程までおもちゃを見ていたエリーンが男達の苛立った声に驚いてぐずり泣きを始めてしまった。

 マズイ!


 慌ててエリーンを抱き上げる。

 しかし、ぐずり始めたエリーンは益々顔を歪ませる。

 「おい…何か赤ん坊の泣き声がしなかったか?」

 「変だぞ? 確かにこの辺りから……」

 ――とうとうエリーンが激しく泣き出してしまった。

 (あぁ! どうしたら……マリアンヌ様!)


 ――バキッ!

 隠し扉が破壊される音が響き渡る。


 「ひひっ! こぉ~んな所に隠れていやがった!」

 「よぉ! お嬢さん、悪い事は言わねぇ。その赤ん坊を寄越しな!」


 「俺達は優しいからよ、大人しく赤ん坊を渡してくれりゃぁ……あんたの命は助けてやってもいいぜ?」

 ――下品な嗤い声が響き渡る。

 ローラはこの時、恐怖よりも激しい怒りに支配された。

 「おいおい……このお嬢さん、びっくりし過ぎて声も出ねえみたいだぜ!」


 「……黙れ」

 「あぁん? 聞こえねぇなぁ~! 早く赤ん坊を渡せ!」


 「――黙れ!」



 「おい……なんだ? アレ……」

 「ば、バケモンだ……!」


 ローラの赤い髪色は燃える炎の様に真っ赤に光り、瞳の色も燃える髪色と同じ色に変化していった。



 ***


 転移魔法を繰り返し、テオドールとマリアンヌが邸宅に姿を現すと、恐ろしい光景が目に飛び込んで来た。

 物凄い量の兵士の死体が転がる中、剣を手に血まみれのルイスが戦っている。

 テオドールの瞳に怒りの炎が燃える。

 「……一人残らず生きては返さぬ!」


 すらり、と剣を抜いたテオドールは兵士達に向かっていき一振りで何人もの兵士を斬り捨てていく。


 マリアンヌは邸宅に走り込んでいった。

 「エリーン!」


 ――――ドカン!



 その時、邸宅の中から物凄い爆発音が響き渡った。

 「……エ……エリーン?」

 炎が……。

 赤く燃える炎が……邸宅を焼き尽くす。

 私はまた……愛する娘を失うの?


 ――いや……いやよ……お願い……!

 「あぁ……エリーン」


 ――燃え盛る炎の中から何かが見える。


 「あ……あれは……まさか……!」
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