クールな身代わり王女は、騎士の熱愛に気づけない
 唇が触れた瞬間、何が起こったか理解が追いつかず、ノキアの体が硬直した。ほんの数秒だったが、互いの熱がじわりと伝わる。
「んなっ……!」
 デュランの顔が離れてすぐに、口元を手で隠すようにする。
 ノキアは、デュランの手に両頬を包まれた。

「本当に、あなたは鈍いですね……! 夫婦になろうと言っているのです!」
「ふうふ……」
 真っ直ぐに言われたその言葉はノキアの心を強く打ち、頭が爆発したようになった。

「ふうふなどッ……! わ、私はまだデビュタントも済んでいないのだぞ!?」

 ノキアは十八歳でデビュタントの予定だった。その時にカーラウト家と釣り合う家柄の令息と婚約し、家同士の結束を強めるはずだった。しかし、そうなる前に魔法協会に領地を攻められ、両親は殺害、ノキアとデュランは国を追われるように逃げることになった。

「そうですね。しかし、結婚はできる年齢です。それに……ミタ・カーラウトの名を捨てればそんなものは関係なくなります」
 デュランは情熱的な瞳でノキアを見つめてくる。その視線に、ノキアはますます照れくさくなり、思わず目を逸らす。
「そ、そんな風に見ないでくれ……。どう接したらいいか、わからなくなる……」

 命を狙われていたはずなのに、いつの間にか守られていた。
 それに加えて、先ほどの求婚(プロポーズ)。まるで現実感がないし、自分にはまだ早すぎる話だと思っていた。でも、デュランの真剣な眼差しと言葉が心の中に刻まれ、消えない。
 自分は、もうずっと剣士として生きるつもりでいた。デュランが傍にいること自体は嫌ではない。むしろそれが自然だと思っている。しかし、夫婦となると話は違ってくる。ノキアは、答えが出せないでいた。
 デュランがそっとノキアを抱きしめる。力強くも優しいその腕に、ノキアは身を預けることをためらった。

「答えは、今すぐでなくともいいのです。ただ……覚えておいてください。私は、いつでもあなたの味方です」
「……うん」
 デュランの腕の中で、ノキアはただ、それしか答えられなかった。

 乗合馬車の停留所に着くと、デュランは懐から財布を取り出し中身を確認した。途端に表情が曇り、ため息をつく。
「ノキア殿、言いづらいのですが……」
「ん?」
 ノキアは、首をかしげる。
「路銀が尽きてしまいました」
< 50 / 51 >

この作品をシェア

pagetop