人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
 因西が義父に8万円を渡し、翌日妻と豪華なフレンチを楽しんでいた頃、そして、内部が台湾行きの飛行機ではしゃいでいた頃、会社の倫理監査室では、ある内部通報によってインサイダーに関する調査が始まっていた。
 調査対象は経営企画室に在籍している男性社員だった。
 因西と同期の男性社員。
 
 彼は自分の父親に自社株の売買を頼んでいた。
 それも、あろうことか、会社から父親に電話をかけて頼んでいたのだ。
 彼は誰もいないことを確認して、男子トイレの個室で電話をした。
 電話が終わるまで誰もトイレに来なかったので安心して仕事に戻ったが、その電話を聞いていた社員がいた。女性社員だった。
 
 彼女が用を済ませて洗浄ボタンを押そうとした時、男の声が聞こえてきた。
「だから~、とにかくうちの株を買ってくれればいいんだよ!」という話し声が。
 そして、彼女が女子トイレを出た時、キョロキョロしながら足早に去っていく男性社員の後姿を見た。
 見覚えのある社員だった。
 
 経営企画室の男性社員は小声で話していたが、耳の遠い父親の反応に苛立ち、思わず大きな声を出してしまったのだ。
 それを女性社員が耳にした。
 彼は、男子トイレの個室と女子トイレの個室が隣接していることに気が回らなかった。
 だから、女子トイレの利用者に聞かれているとは思いもしなかった。
 
 総務部に所属していた彼女は迷った末に上司に相談した。
 上司は即座に通報を勧めた。
 しかし、彼女は躊躇った。
 密告することに気が進まなかった。
 すると上司は、「匿名(とくめい)でも大丈夫だから」と背中を押した。
 それでも彼女は迷ったが、最終的に上司の説得を受け入れて倫理監査室に電話をかけた。
 
 受けた倫理監査室は担当役員にすぐに報告すると共に、証券取引等監視委員会に調査を依頼した。
 株の売買履歴を調査する中で、経営企画室の男性社員と同じ姓を見つけるのに時間はかからなかった。
 そして、その人物が父親であることはすぐに判明した。
 社員は逮捕されて取り調べを受けた。
 気の小さい彼はあっさりとインサイダーの事実を認めただけでなく、営業部の因西太郎に話したことを白状した。
 
 
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