人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
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「だからお前はダメなんだよ!」
 受話器の向こうから亜久台の大声が響いた。
「インフルエンザくらいで休むんじゃない」
 離弁は39度の熱を出していた。
 インフルエンザA型と診断され、医師から5日間の外出禁止を言い渡されていた。
 そのことを上司である亜久台に電話したのだが、理解してはもらえなかった。
「気合が足りないんだよ、気合が!」
 根性を叩き直してやるから会社に来いという。
「でも、誰かにうつしたらいけませんので……」
 行けない理由を告げると、間髪容れず怒鳴り声が返ってきた。
「つべこべ言うんじゃない。今日中に熱を下げて明日必ず出てこい」
 亜久台はガチャンと電話を切った。

 離弁は途方に暮れた。
 亜久台の無茶振りに唖然とするしかなかったが、頭がくらくらしてきたので、倒れるように布団にもぐりこんだ。
 
 翌朝、熱はまだ38度2分あった。
 咳も止まっていなかった。
 しかし鬼のような亜久台の顔が思い浮かぶと、会社を休むという決断をすることができなかった。
 無理して通勤電車に乗った。
 マスクはしていたが、電車の中で何度も咳き込んだ。
 その度に周りの人が嫌そうな顔をした。
 
 会社の最寄り駅で降りた時は眩暈(めまい)がした。
 これ以上一歩も歩けそうになかったので、必死の思いで会社に電話した。
「駅まで来ましたけど、とても無理です。今日も休ませて下さい」
 しかし、亜久台は許さなかった。
「そこで待ってろ。今すぐ迎えに行く」
 10分後、亜久台に引きずられるようにして会社に連れて行かれたが、自分の席に座った途端、ふ~っと意識が遠のいた。

 目が覚めた時、離弁は病院のベッドの中にいた。
 2日間入院し、その後数日間は自宅で静養した。
 
 1週間ぶりに会社に出てみると、亜久台の姿はなかった。
 インフルエンザで40度の熱が出ているらしい。
 おまけに、部下三人がインフルエンザにかかって会社を休んでいた。
 そのことで組織が機能しなくなり、亜久台の上司はカンカンに怒っているという。
 
「きついお灸を据えられると思うよ」
 隣席の社員がニヤッと笑って、亜久台の机の方へ顔を向けた。
 つられて離弁も主のいない机を見た。
 すると、〈ざま~みろ〉という感情が湧いてきた。
「だからお前はダメなんだよ!」
 亜久台の机に向かって吐き捨てた。

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