人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
 開店後はお客様が立ち止まるのをひたすら待った。
 ドキドキしながら待った。
「買ってください。お願いします」と心の中で手を合わせて待った。
 しかし、チラッと見ただけで通り過ぎる人がほとんどだった。
 中には立ち止まって手に取ってくれた人もいたが、誰も買わなかった。
 わたしは居たたまれなくなって〈声かけ〉の衝動にかられたが、すんでのところで思いとどまった。
 スーパーマーケットではセルフで売れなくては意味がないからだ。
 
 1時間が経った。
 1個も売れなかった。
 
 2時間が経った。
 1個も売れなかった。
 
 夕方のピークになっても動かなかった。
 有頂天は落胆と自責に変わった。
 
「申し訳ありません」

 売場主任に謝った。
 叱責や罵倒を覚悟したが、「そう簡単には売れないよ。相手はプロの主婦だからね。財布を開いてもらうのは簡単じゃないんだ」と優しい声と笑みが返ってきた。
 その笑みに勇気を貰った。
 
「明日もう一度やらせて下さい」

 わたしのお願いに彼は頷いた。
 それだけではなく、アドバイスまでしてくれた。
「主婦の気持ちに寄り添って売場を考えてね」と。
 
 
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