人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
「どう、進んでる?」
 夕食が終わって、いつものように500円ワインを飲んでいる時、妻が遠慮がちに訊いてきた。
 わたしは首を振るしかなかった。
「やっと半分」
「そう……」
 それで会話が終わるかと思ったが、今夜はそうではなかった。
「1月の旅行、そろそろ決めないとね」
 小説を年末までに書き上げて、その後1か月間寝かせておくことにしていたが、その間を利用して妻と海外旅行へ行くことにしていたのだ。
 正月休み期間を避けて1月10日くらいに出発するつもりなので焦る必要はなかったが、そろそろ行き先を決めないといけない時期になっていた。
 
「どこか行きたいところはある?」
 問われたわたしは首を振った。
 小説のことで一杯一杯で、それ以外のことに頭がまわっていなかった。
「あなたの卒業旅行なのだから、行きたいところがあったら言ってね」
 とりあえず頷いたが、頭に思い浮かぶ場所は皆無だった。
 休みの日にも会社に出かけるような仕事バカだったので、国内旅行でさえ何回かしか行っていなかった。
 そんなふうだから海外には1回も行ったことがなかったので、なんとなくパリとかウイーンとかヨーロッパがいいかなと思ったりはしたが、1月のヨーロッパは日本以上に寒いはずなので気が進まなかった。
 だから、季節が正反対の南半球がいいかもしれないと思ってはみたが、具体的にどこに行きたいというのは思い浮かばなかった。
 南半球のことで知っていることといえば、カンガルーとコアラがいるオーストラリアくらいで、その他の情報は持ち合わせていなかった。
 もちろん、アフリカや南米が南半球にあるのは知っているが、旅行初心者が行くようなところではないと思っていたので、最初から選外にしていた。
 
「君はどう?」
「私?」
「うん。どうせなら寒い日本を離れて温かいところに行きたいから、南半球が良さそうに思うんだけど、どこか行きたいところってある?」
「なくはないけど……」
 遠慮しているような口ぶりだったので「言ってみてよ」と向けると、「でも、あなたの卒業旅行だから……」と口を濁し、最後まで本心を明かそうとはしなかった。
 それは卒業旅行という言葉に縛られているからだと思った。
 もちろん、わたしの卒業旅行なのだが、〈本当にそうだろうか〉とふと思った。
 わたしが無事卒業できたのはわたしだけの努力ではない。
 妻の支えがなかったらどうなっていたかわからなかった。
 特に最後の5年間は妻が働いてくれたからこそ不要族を楽しむことができた。
 いや、違う。
 その5年間だけではない。
 仕事バカで24時間戦い続けたわたしを結婚以来支えてくれたのは妻なのだ。
 そう思った時、妻についてなんにも知らないことに突然気がついた。


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