人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
 翌日、本屋に行って旅行本を買って帰った。
 妻がバイトしている駅前の店に行くわけにはいかないので、ひと駅先の大型店で買った。
 
 家に帰って、紙袋から出そうとして思いとどまった。
 妻の驚く顔が見たくなったからだ。指折り数えて妻の帰りを待った。
 
「ただいま」
「お帰り」
 玄関で出迎えると、夕食の食材を両手に持った妻が立っていた。
「今夜はスキヤキにしましょ」
 それはわたしの大好物だった。
 思わず(よだれ)が出そうになったが、ハッと気づいて買い物袋を受け取った。
 かなり重たかった。
 これを駅前から持って帰ったことを思うと申し訳ない気がした。
 そのせいでもないだろうが、思わず優しいことを言ってしまった。
「じゃあ、わたしが準備するからシャワー浴びておいでよ」
 一瞬、妻はキョトンとした顔になった。
 夕食の前にシャワーを浴びることはかつて一度もなかったからだろう。
 いつもわたしが夕食の前に浴びて、食後の片づけが終わってから妻が浴びるのが決まりごとのようになっていた。
 どうしたの? というような表情を浮かべていたが、わたしが急かすと、「はい、はい」と言いながら着替えを取りにいった。
 その後姿はどことなく嬉しそうだった。
 
 妻がシャワーを浴びている間に食材を冷蔵庫に入れたあと、ホットプレートを出した。
 そこでしばし考えた。
 関東風でやるか、関西風でやるか、つまり、割り下で煮るか、牛脂で焼くか、のどちらでやるかを考えたのだ。
 そのためには食材の確認が必要なので、さっき冷蔵庫に仕舞ったばかりだったがもう一度取り出してキッチンカウンターに並べた。
 白菜、ネギ、えのき、春菊、しらたき、焼き豆腐、そしてもちろん、牛肉、
 で? 
 と探す必要もなく、しっかりと牛脂が鎮座ましましていた。
 妻は関西風にしようと考えていたのだろう。
 それに従うことにした。
 
 リビングのテーブルに置いていた紙袋を一旦本棚に隠して、ホットプレートを置いた。
 それからキッチンに戻って野菜を切って大皿の上に乗せてから、醤油とみりんと酒を同量混ぜて割り下を作った。
 そして、ちょっと深めの取り皿に卵を割って入れ、食器棚からビールグラスを二つ出して並べて、セッティングを終えた。
 最後にホットプレートに電源を入れ、保温にして、妻が出てくるのを待った。


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