人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
 その日はすぐにやってきたが、昼食後に計算して色々と検討していくと悩ましいことになった。
 一つに絞れないのだ。
 お互いの希望が違うので仕方ない面はあるのだが、〈エコノミーで行って2週間滞在する案〉と〈ビジネスで行って1週間滞在する案〉で対立してしまったのだ。
 妻は〈1週間では短すぎる〉という理由でエコノミー案を推したが、わたしは〈初めての海外旅行だから滞在だけでなく機内でも楽しみたい〉という理由でビジネス案にこだわった。
 
「1週間なんてすぐに経ってしまうわ。慣れた頃に帰るなんてもったいないわよ」
「それはそうだけど、2週間もいたら暇を持て余すんじゃないかな」
「そんなことはないわよ。非日常の異国の地では1日があっという間に過ぎるから、暇を持て余すなんてことにはならないわよ」
「そうかな~」
 よくわからなかったが、妻の勢いに逆らえないような気がしたし、それに彼女が中学生の頃から憧れていた場所ということもあり、無理に意見を押し通すのもどうかと思い始めたので、「行きはエコノミー、帰りはビジネスで、10日間というのはどう?」と折衷案を提示した。
 すると予想外のことだったらしく、妻は目をパチクリとしたが、すぐに何かを考えるような表情になり、試算結果を書き入れていたノートを見ながら電卓を叩き出した。
 それからあとは何かを書いては消し、書いては消しの作業が続き、わたしはただそれを眺めているだけだったが、しばらくして合点がいったかのような表情で妻は大きく頷いて、「行きはエコノミー、帰りはビジネスで、2週間にしましょう」と言った。
「えっ、でも、それだと予算が……」
「大丈夫。外食を減らせばなんとかなるわ」
 昼は外食をするが、朝と夜はホテルの部屋食にすると言うのだ。
 それも、スーパーマーケットや惣菜店で買ったものを食べるという。
「ビールやワインもお店で買えば安く済むでしょ」
 妻の中ではしっかり計算ができているようだった。
「でも、夕食を部屋で食べるのは(わび)しくない?」
 わたしはレストランでディナーとワインを楽しみたいと思っていた。
「そんなことはないと思うわ。毎日違う惣菜店へ行って、見たことも食べたこともないものを買ってきて食べるのってワクワクすると思うの」
「そうかな~」
 どういう食事になるのか想像がつかなかったので、すんなりと受け入れることができなかった。
 すると、「気が乗らない?」と妻がわたしの顔を覗き込むようにした。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
 妻から視線を外した。
「では、こうしましょ。もし美味しくなかったり楽しくなかったら外食に切り替えるというのはどう?」
「ま、それならいいけど。でも、そうすると予算オーバーになるんじゃないの?」
「その時はその時よ。オーバーした分は帰国してからの節約で補えばいいんだから」
 節電、節水、節酒、節食などで帳尻を合わせるという。
「わかった」
 帰国後の生活がチマチマしたものになるような気もしたが、先のことを考えてもしようがないのでこれで手を打つことにした。
「では決まりね」
 この話はもうおしまい、というように妻はノートをパタンと閉じた。


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