人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
 どのくらい時間が経っただろうか、妻が買い物袋を二つ提げて戻ってきた。
 そして、わたしの顔を見るなり、「シャワーを浴びてきて」と促した。
 頷いて浴室に行ったが、髪を洗い終わったあと、リンスをしたかどうかわからなくなった。
 したような気がするが、していないような気もする。
 髪の毛を触ってもよくわからなかった。
 最近こんなことがちょくちょくある。
 ふっと記憶が途切れるのだ。
 まだらボケ(・・・・・)とでもいうのだろうか、ちょっと心配になった。
 しかしそのままにしておくのは気持ちが悪いので、〈もう一度?〉リンスをして洗い流した。
 
 リビングに戻ると、シャンパングラスがセッティングされていた。
 ん?
 とっさに身構えた。
 もしかして大事な記念日なのだろうか? 
 しかし、頭をひねっても何も思い出せなかった。
 ヤバイ……、
 もし大事な記念日を忘れているのなら大変なことになる。
 せっかく機嫌が直りつつあるのに元の木阿弥になってしまう。
 わたしは気が気でなくなり、目の前が真っ白になりそうになった。
 
 そんな状態の中、妻がトレイに皿を乗せて戻ってきた。
 サラダとカプレーゼだった。
 皿をテーブルに置くと、また台所に戻ってボトルを持ってきた。
 スパークリングワインだった。
 テーブルに置かれると、そのラベルが訴えるようにわたしを見た気がした。
 やはり何かの記念日に違いない。
 そう確信したが、いくら喝を入れても脳の海馬はヒントになるものを与えてはくれなかった。
 頭が混乱してきた。
 でも妻はそんな様子に気づくはずもなく、「栓を開けて」とだけ言って台所に戻った。
 言われるまま栓を抜くと〈ポンッ〉という小気味良い音が部屋に響いた。
 けれど、却って不安が大きくなっただけだった。


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