人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
「どうしたの? 早く食べないと冷めるわよ」
 妻の声で我に返った。
 切ったステーキにフォークを差したままになっていた。
 慌てて口に入れた。
 しかし冷えたせいか、さっきのようなおいしさは感じられなかった。
 でもそれだけではなかった。
 気分が落ち込んで食欲がなくなっていた。
 しかし、残すわけにはいかない。
 妻の気持ちを無にするわけにはいかないのだ。
 気を取り直してステーキにナイフを入れた。
 
 食べきって、「あ~、おいしかった」とご馳走様をして、「ありがとう。大好物だらけで胃が驚いているよ」と告げると、「良かった」と妻が嬉しそうに笑った。
 そして、「脳にエネルギーが行ったでしょ」と悪戯っぽい目をした。
「バッチリだよ」
 わたしは右手の親指を立てた。
 すると、妻は台所へ行って何かを持ってきた。
 チーズの盛り合わせだった。これを〈()て〉にワインをゆっくり楽しむつもりのようだった。
「どれがいい?」
 皿の上には、クリームチーズ、カマンベールチーズ、モッツァレラチーズ、チェダーチーズ、ゴーダチーズが並べられていた。
 わたしは自分の好きなものを取ろうとして、思いとどまった。
「君から先に取って」
「いいの?」
 少し驚いたような表情を浮かべた。
 今までそんなことがなかったからだろう。
「どうぞ」
 右の掌を皿に向けた。
「では、遠慮なく」
 妻は迷わずオレンジのチーズを取った。
 チェダーだった。
 わたしはすぐさま頭にインプットした。
『妻が一番好きなチーズはチェダー』

「あなたはカマンベールよね」
 言い当てられてしまった。
 妻はわたしの好きなものはなんでも知っているのだ。
 そして、いつもわたしのことを最優先に考えてくれているのだ。
 どんな時でも常に。
 そんなことを考えていると、妻が「ねえ」と意味ありげな視線を向けて、「小説のタイトルを変えない?」と突然話題を変えた。


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