人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
 そのあとは、チーズをつまみながら久々のフレンチワインを心ゆくまで楽しんだ。
 ちょっと飲み過ぎかなとも思ったが、チーズとの相性が抜群なので、ついついグラスに手が伸びてしまった。
 しかし、そろそろ止め時のようにも感じていたので、「どうする?」と残り僅かなボトルを見つめながら妻に聞くと、結構飲んだせいか、目元をほんのり染めながらも、「飲み切りましょ」と自分のグラスをわたしの方に動かした。
 わたしは頷いて妻のグラスと自分のグラスに注いでボトルを空にしてから、「じゃあ、もう一度乾杯」とグラスをちょっと上げた。
「乾杯」
 妻がグラスを目の位置まで掲げてから口に持って行った。
 わたしはそれを見ながらこのムードをもっと盛り上げようと「音楽でもかけようか」と振ると、「いいわね」と妻がトロンとした目で頷いた。
 
 わたしは本棚に向かい、雰囲気の良さそうなCDを探した。
 すると、秋波(しゅうは)を送る背表紙に気がついた。
『YOU ARE THERE DUETS』
 アメリカの女性ジャズシンガー、HILARY KOLEが2010年に発表したアルバムだった。
 DUETSと名付けられたとおり、ピアノ演奏だけをバックにしてしっとりと歌いあげているのだが、そのピアニストの豪華さに発売当時注目が集まった。
 なにしろ、ハンク・ジョーンズやデイヴ・ブルーベック、ミシェル・ルグランなど超一流のピアニストばかりを集めているのだ。
 よくこれだけのスターを集めたものだと感心したのを覚えている。
 
 さり気なく照明を落としてから、CDをセットしてスタートボタンを押すと、心地良いピアノのイントロが始まり、彼女のうっとりするような歌声を連れてきた。
『IF I HAD YOU』。
 あなたが愛してくれるなら〉と耳元で囁くような歌声が届くと、ニューヨークの場末のジャズ・クラブにワープしたような錯覚に陥った。
 
 そこにいる客は二人だけだった。
 妻とわたし。
 わたしたちはステージを見つめていた。
 ほの暗いステージにはピアノを弾くハンク・ジョーンズと、彼を見つめながら歌うヒラリー・コールがいた。
 
 2曲目が始まり、ピアニストがシダー・ウォルトンに変わった。
 ヒラリーの歌声が(なま)めかしくなり、たまらず手を差し出すと、妻がわたしの手を持って立ち上がった。
 妻を引き寄せてテーブルの脇でピッタリと体を合わせると、温もりを感じた。
 その温もりに押されるように首筋にキスをした。
 そして耳へ、頬へ、唇へと這わせていくと、妻が両手を首に回してきて、甘い吐息が耳にかかった。
 その途端、曲が変わった。
『IT`S ALWAYS YOU』
 フレディー・コールがピアノを弾きながらわたしたちを見つめていた。
 その目をヒラリーが手で塞いだ。
 その瞬間、世界はわたしたちだけのものになった。
「いつまでも一緒だからね」
 妻の耳元で囁いた。


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