人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
 かなり遠くまで行った妻が立ち止まって振り返り、わたしに向かって手招きをした。
〈同じようにやれというのだろうか?〉と戸惑っていると、また手招きをされた。
 スキップか……、
 できるかな?
 自信はなかったが、取り敢えず一歩を踏み出してみた。
 すると、違和感なくできた。
 何十年振りかだったが、体が覚えていた。
 それが嬉しくて、スキップをしながら妻と同じ様に口ずさんだ。
「スウィーツ、スウィーツ、ラン、ラン、ラン♪」
「スウィーツ、スウィーツ、ラン、ラン、ラン♪」
 妻に近づく度にどんどん楽しくなってきた。
 子供のような気分になってきた。
 しかし、向こうから4 人連れの若い女性がやってきたので、ちょっと恥ずかしくなって立ち止まった。
 キョロキョロと辺りを見回すような振りをして彼女たちが通り過ぎるのを待った。
 
 すれ違ったので視線を妻に移すと、笑みを浮かべて手招きをしていた。
〈早く追い付いて〉というように速い動きで手招きをしていた。
 しかし、すぐにするわけにもいかず、4人連れが少し離れたのを確認してから、小さな声で歌いながらスキップを始めた。
 そして、少しずつ声を大きくしていった。
 
 妻の笑顔がどんどん近づいてきて、わたしの視界にいるのは妻だけになった。
 30年以上連れ添った妻だった。
 苦労をかけた妻だった。
 愛想を尽かせて離婚まで決意した妻だった。
 しかし、小説のタイトルを一生懸命考えてくれた妻だった。
 一緒に受賞を祈ってくれた妻だった。
 誕生日を心から祝ってくれた妻だった。
 特別なプレートをプレゼントしてくれた妻だった。
 かけがえのない妻だと思った。
 大事にしなければならないと思った。
 楽しい毎日を過ごさせてあげたいと思った。
 いつも〈ラン、ラン、ラン♪〉とスキップを踏ませてあげたいと思った。
 
 大きなスキップでどんどん近づいていくと、満面の笑みで迎えてくれた。
 わたしも笑みを返し、最後のスキップで肩にタッチした。
 すると、わたしから逃げるようにスキップを始めた。
 すぐにわたしは追いかけた。
 妻の背中に向かって大きな声で歌いながら追いかけた。
「スウィーツ、スウィーツ、ラン、ラン、ラン♪」
「ロクジュウロクサイ、ラン♪ ラン♪ ラン♪」 





< 228 / 229 >

この作品をシェア

pagetop