人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
「次は、」

 車内のアナウンスで現実に戻った。
 よく通る声で降りる駅の名を告げた。
 それは毎日聞き馴染んだ駅名だったが、明日からは聞くことのない駅名だった。
 この駅で降りるのは今日が最後なのだ。
 もう二度とこの駅で降りることはない。
 
 電車のドアが開き、ホームに押し出され、煽られるように階段を上り、押されるように改札口を出た。
 すると、ム~っと纏わりつくような湿気が襲ってきて、耳のうしろから汗がじわ~っと浮いてきた。
 思わずハンカチを当てた。
 
 改札口の先の上り坂を傘をさして前傾姿勢で歩くと額に汗が浮いてきた。
 しかし両手が塞がっているので我慢していると、流れてきた汗が目に入って沁みたので、慌てて雨に濡れないところに駆け込んで、ハンカチで拭った。
 
 駅と会社の中間くらいのところまで歩いていくと、何かまごつくような動きをしている人を見かけた。
 目の不自由な人のようだった。
 傘は持たず、フード付きのレインコートを着ていた。
 
「なにかお手伝いできることはありますか?」
 その人を驚かせないように慎重に声をかけた。
 すると、「駅の方角がわからなくなりました」とその人は訴えた。
「お連れしましょう」
 杖を持っていない方の手をわたしの腕にかけてもらって、駅まで引き返した。
 
 改札口で「お気をつけて」と声をかけると、わたしの方に向って何度もお辞儀をした。〈少しでもお役に立ててよかった〉と思いながら、その人の姿が見えなくなるまで改札口で見送った。
 
 
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