人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
 もう一度会社へ向かうと、雨は強くなっていた。
 会社に着く頃には、靴だけでなくズボンの膝から下がびっしょりと濡れていた。
 
 ビルの玄関口で傘の水滴を振り落としたあと、妻が持たせてくれた小さなタオルでズボンと鞄と靴を拭き、エレベーターに乗った。
 
「おはよう」
 いつものように声をかけて、自分の席に座った。
 そして、「ありがとう」と机と椅子に頭を下げた。
 
明日からは誰が(あるじ)になるのだろうか?
 ふとそんなことが頭を過ったが、意味がないのでその考えを消し、机の引き出しを開けた。
 空っぽだった。
 机脇の棚の中も空っぽだった。
 紙の資料や書籍はすべて処分が終わっていた。

 パソコンを立ち上げた。
 資料はほとんど残っていなかった。
 ワードの文章も、エクセルの表も、パワーポイントもすべて削除していた。
 あとは、メールだけ。
 メールが3通だけ。
 削除できなかったメールが3通残っていた。
 それらのメールはどうしても削除できなかった。
 血と汗と涙が詰まったメールであり、分身のようなメールだったからだ。
 そう簡単に削除することなどできるはずはなかった。
 しかし、いつまでも残しておくことはできない。
 今日が出社最終日なのだ。
 
 日付の一番古いメールを開けた。
『ネット通販への取り組み』というタイトルだった。
 それは、わたしの想いが詰まったメールだった。
 読み進めるうちに、苦楽を分かち合ったメンバーの顔が浮かんできた。
 
 
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