人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
 好事魔多し! 
 油断していたわけではなかったが、余りにも順調だったため少し浮かれていたのかもしれない。
 水を差すような予期せぬ電話がかかってきたのだ。
 常務の声は怒りに震えていた。
「なにやってんだ。バイヤーには気づかれるなと言っただろ!」
「えっ、何があったのですか?」
 戸惑いの声を返したが、戻ってきたのは怒声だった。
「何があった、どころじゃないぞ、バカヤロー!」

 大手スーパーマーケットのバイヤーが「そんな話は聞いてない」と物凄い剣幕(けんまく)で本社に電話をかけてきたというのだ。
 通販のお客様が、通販専売品と知らず、いつも買いに行っているスーパーマーケットの店員に問い合わせたのが発端だった。
「この商品は置いていないのですか?」と。
 その情報がバイヤーに伝わり、通販専売品ということがバレたのだという。
「『勝手なことをするなら取引を止めてもいいんだぞ』とまで言っている。大変なことになった。一大事だ。相手は大手のスーパーだぞ。どうするんだ!」
 怒りに満ちた声に狼狽えたが、必死になって心を落ち着かせた。
「バイヤーに説明に行ってきます。スーパーマーケットの店頭とは競合しない商品であることと、テスト・マーケティングで消費者調査の一環であることを伝えます」
「そんな説明に耳をかしてくれるのか? 物凄い剣幕だったらしいぞ。だから、やりたくなかったんだ。ネット通販は今すぐ止めろ!」
 常務の声が耳に突き刺さったが、「とにかく説明に行ってきます」と収めて電話を切って、背広の上着を鷲掴みにして会社を飛び出した。
 背中は冷や汗でびっしょりになっていたが、そんなことを気にするわけにはいかず、地下鉄の駅に向かう階段を2段飛ばしに駆け下りた。
 目的の駅で下車してからも足を緩めなかった。
 とにかく1秒でも早く着きたかった。
 
 
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