人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
『ネット通販のテスト・マーケティングを中止し、プロジェクトは即刻解散すること』
 突然の指示だった。
 常務から電話で告げられた時、目の前が真っ暗になった。
 勝手に決められたことに怒りを覚えたが、異を唱えることさえ許されなかった。
 しかし、それだけでは済まなかった。
 目の前が更に真っ暗になる出来事が翌日に起きた。
 
 大阪本社に呼ばれたわたしは、これ以上酷いことが起こらないようにと祈りながら応接室で待ったが、仏頂面を絵に描いたような表情で常務が入ってきた時、その祈りが叶えられないことを悟った。
 しかし、どんなことを言われてもオロオロしたくはなかったので、〈平常心、平常心〉と言い聞かせながら彼が言い出すのを待った。
 
 んん、という喉に絡むような声を出した彼は、なんの前置きもなく「専任課長を命ずる」とだけ言って口を閉じた。
 沈黙という名の攻撃を仕掛けるように。
 
 わたしの心臓は悪魔の手に鷲掴みされたようになった。
 肺も動きを止めていた。
 目は常務を見ていたが、網膜は受像を拒否していた。
 生体反応が停止したようになっていた。
 
 なんの反応もしないわたしに焦れたのか、常務がまた〈んん〉と絡むような声を発したあと、低い声が口から漏れた。
「これは私が下した人事ではない。社長命令だ。君は目立ち過ぎたんだよ。社長が遣り手を嫌うのは知っているだろう。なのにネット通販なんて無謀なことをするから、こんなことになるんだ。私の忠告を守ってつつがなくやっていれば役員になれたかもしれないのに。馬鹿なことをしたもんだよ君も」
 憐れむような目でわたしを見た。
 わたしは目を逸らした。


< 90 / 229 >

この作品をシェア

pagetop