人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
 その晩は興奮して中々眠れなかった。
 妻の前で冷静を装っていたが、それが良くなかったらしく、反動が起こったようだった。
 布団の中でムカムカが止まらなかった。
 常務に辞表を叩きつけるシーンを想像しては、そんなものでは物足りないと、もっと激しい行動を思い浮かべた。
 しかし、エスカレートしていくと、最後は常務を殴ることしか考えられなくなったので、そこで止めた。
 一時の感情に任せて相手を成敗(せいばい)してもその時限りだからだ。
 それに、暴力は自分に跳ね返ってくる。
 最悪の場合、懲戒免職だってあり得るのだ。
 
 冷静になれ、と自らに言い聞かせた。
 そして、怒りを単にぶつけることではなく、相手が嫌がることは何かと考えることにした。
 
 啖呵を切って辞めるということは、一時的に気持ちがいいかもしれないが、それは、奴らの思う壺にはまることになる。
 術中にはまるということだ。
 罠にかかるということだ。
 それは不本意でしかない。
 そんなことは絶対にしたくない。
 
 ではどうする? 
 針のむしろを覚悟して会社に居続けるか? 
 これから5年間、ろくな仕事を与えられないまま、しらっと不要族を続けるか?
 いや、それも本意ではない。
 真っ当な生き方をしてきた自分が選択するようなことではない。
 
 ではどうする?
 そこで止まってしまった。
 奴らの思い通りにはなりたくないが、自分を曲げるのも嫌だった。
 コンフリクト(相反)を解決するのは簡単ではないのだ。
 すぐに答えが出るような問題ではない。
 考えるのを諦めると急に空しくなったが、それを埋めるように新たな問いが生まれてきた。
 
 これから先、自分は何をやりたいのか? 
 この問いに答えを出さない限り、コンフリクトは解消できない。
 しかし、考える時間は限られていた。
 人事部長へ返事をするのをいつまでも延ばすわけにはいかないのだ。
 書類の提出期限は刻々と迫っている。
 しかし、本当にやりたいことはなんなのか、容易には思い浮かばなかった。
 
 
 
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