人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
 不要族としての生活が始まって10日後、夕食が終わって寛いでいた時、いきなり妻が切り出した。
「仕事見つかったわ」
「仕事って……」
 余りにも唐突だったのですっと頭に入ってこなかったが、妻は〈ふふふ〉と笑って「本屋さん」と言った。
「書店?」
「そう、アルバイトだけどね」
 時給1,000円で、週5日の勤務だという。
「9時から15時までの週と15時から21時までの週があって、それが1週間交代で入れ替わるの。だから15時から勤務の週は一人で晩ご飯食べてもらうことになるけど、我慢してね」
「それは構わないけど……」
 まだ話についていけなかったが、何故か妻は誇らしげな表情を浮かべてから、「これでお金の心配をせずに作家修行ができるでしょ」と目元を緩めた。

 確かにお金のことは心に引っかかっていた。
 支社長になった50歳の時にマンションを購入したのでローンが残っていた。
 払い終わるのが65歳だから、あと5年ある。
 その支払いと毎月の生活費を賄うには、大幅に下がったわたしの給料では厳しかった。
「退職金が出るまでの5年間は私も働くから大丈夫よ。あなたの年金が出るまで頑張るから心配しないで」
 公園で作家になりたいことを告げてから、妻はその話を持ち出さなかったが、一生懸命そのことを考えてくれていたようだ。
「悪いな、甲斐性がなくて……」
 妻に頭を下げると、〈ううん〉というように首を振ったあと、両腕に力こぶを作る仕草をした。
「任せなさい!」
 そして、フンフンと鼻唄を歌いながら、夕食の後片づけを始めた。


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