しっかりした期待の新人が来たと思えば、甘えたがりの犬に求婚された件

 閑散とした広場に見つけた東屋で、私と久世の関係を水野くんに打ち明けると、彼は見ているこちらがいたたまれなくなるほど恐縮し、俯いてしまった。

「すみません……ぼくが空気を読まず、余計なことを根掘り葉掘り聞いてしまって……」
「水野くんのせいじゃないよ。疑問に思ったことを聞くのは自然なことだから。ただ、我々は事情があって付き合ってることを大っぴらにできないもので」

 水野くんは両手で顔を覆って深いため息をこぼす。

「わかっていらっしゃると思いますが、こういう機微に疎くて、ぼく、全然気づかなくて」
「僕も羽多野さんも気づかれないように頑張っていたんですから、それでいいんですよ」
「羽多野さん、恋人のことは秘密にしたいっておっしゃってました。なのに、暴いてしまって……本当に申し訳ありません」
「大丈夫、大丈夫。こうなった以上は仕方ないから、ね」
 
 視線を向ければ久世も頷く。

「謝るより、水野さんには協力してほしくて。図々しいことを言うようですが、僕たちのことは黙っておいていただけると助かります」
「……それだけで、いいんですか?」
「言えるタイミングになったら、僕か羽多野さんからちゃんと公表しますから。準備ができていないのに、周りに騒がれてそのせいで一緒にいられなくなることを避けたいんです」

 水野くんは小さく頷くと顔を上げて私と久世を見やった。

「わかりました。黙っておくことは得意です」
「ありがとう、水野くん」

 久世と目を合わせてほっと胸をなでおろすと、水野くんは私たちを前に薄く笑った。

「お、お似合いですね。……一度、言ってみたかったんです。この台詞」
「水野さん、ありがとうございます! 俺たちお似合いですって、真咲さん。あれ、顔赤いですね」
「恥ずかし……」
「見てください、水野さん。真咲さんて、この通りめちゃくちゃかわいいんです。俺ほんとは誰かにすげえ惚気けたくて、水野さんよかったら聞いてもらえます?」
「久世!」
「……本当に、お似合いです」

 てれてれと気恥ずかしそうな水野くんにそろって微笑んでいると、彼は急にはっとして立ち上がった。

「あのっ、ぼく、邪魔ですよね。恋人ならふたりで過ごしたいものでは!?」
「いいよ、いいよ。社員旅行なんだし」
「で、でも、実は、先ほどのフリーマーケットにちょっと気になったものがあって、ひとりで購入を検討したいというか……ここで、おふたりで少しの間待っていていただくことはできないでしょうか」

 そういうことなら、と私と久世は水野くんの帰りを東屋で待つことになった。
 気を遣ってくれたのだろうかと思う反面、水野くんの場合、本当にひとりでないと買うかどうかを決め切れないという可能性がある。

「はい、真咲さん。お待たせしました」
「ありがと」

 すぐそばの通りにあったジェラートの移動販売車に向かっていた久世は、私にグレープとバニラで半分ずつ構成された大きなジェラートアイスを渡して木製のベンチに腰を下ろした。

「久世のそれは何?」
「これはレモンティーです。アイスでかいからふたつは多いし、真咲さんの一口もらおうって思って」

 あ、と大胆に久世は口を開ける。

「いきなりかい」
「グレープもバニラもどっちもほしいです」
「混ぜる?」
「わけてくださいよ」
「じゃあ二口じゃん」

 刺さっていたスプーンでまずは紫のジェラートを掬って久世の口に運ぶ。バニラに移る前に私自身も一口掬い取って食べると、口の中に葡萄の爽やかな甘みと酸味が広がった。

「へぇすごいおいしい」
「二日酔いに効きますねえ」
「やっぱ飲みすぎたんだ」

 ほれ、と今度はバニラを食べさせると久世は「んーこれ濃いッ、そして甘い」と言って長い脚を伸ばした。

「こういう時間が持てるとは思いませんでした。水野さんに感謝しないと」
「そうだね」
「真咲さん」
「ん?」

 ジェラートから顔を上げると、唇を塞がれた。

「……バニラ味」
「くーぜー」
「すみません、我慢できませんでした」
「外だよ」
「ごめんなさい。俺、真咲さんのことになると自分で思ってる以上に余裕ないみたいで。誰かに酷いこと言われたら許せないし、嬉しい言葉聞いたら舞い上がって、ふたりきりだと触れたくてどうしようもなくなる」
「同じだよ。私だって」
「そうですか? 真咲さん、こういうときいっつも大人じゃん。俺ばっかダサいところ見せてんなぁって悔しいのに」
「こっちだって、相田さんにベタベタされてんの見て内心はらわた煮えくりかえってたわ」
「えっ、ヤキモチですか?!」
「妬くでしょそりゃ。オフィスでも酷いのに、昨日と今日はあからさまだし、取り返して私のですが? って言ってやりたかった。顔こわばってないか、そればっかり考えて」
「あはっ」

 照れた顔で笑う久世を横目にジェラートを無心に食べた。

「愛されてますね、俺」
「自覚してください」

 ふと気づけば少し離れたところに水野くんの姿があった。
 こちらの様子を窺っていたようで、手を振ってからふたりで手招きをすれば、いそいそと足を進めてやってくる。目当てのものは悩みに悩んで購入を諦めたらしく、その後は集合時間までジャスティスリーグの話でめちゃくちゃ盛り上がった。

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