しっかりした期待の新人が来たと思えば、甘えたがりの犬に求婚された件
久世はあの場でキスした己の失態をかなりの期間引き摺った。
やはり鋼のメンタルを持つ相田さんは、休みが明けてからも平然としたもので、それまでオフィスではいつでも温和だった久世が、業務以外は明らかに目を合わせずそっけない態度をとってもへこたれることを知らなかった。ある種尊敬する。
だが、この相田さんアタック問題は意外なタイミングで解決がなされた。
社員旅行から約一週間。カレンダーが十一月へと移ったある日の午後、外回りから戻った水野くんがまっすぐに久世のデスクへとやってきた。
「久世さん、これを」
そう言って水野くんが久世に手渡したのは、五、六センチほどの高さの小さな人形だった。
「み、水野さん、これ──ウルティメイト・ネオ! HGミニ! どこで!」
声を張った久世に周囲の注目が集まる。
「神保町の通りにあったガチャガチャを偶然見かけました。最後のひとつに見えたので挑戦してみたところ、出ました。久世さんに差し上げます」
「マジですか! 俺これ散々やって一個も出なかった!」
「先日、重複されたというバザンゴとメルガをいただいたお礼です」
ふたりは目を合わせ堅い握手を交わす。私もこのガチャガチャ行脚に付き合ったので内心とても嬉しい。
「ありがとう、水野さん」
「こちらこそ」
久世は手にしたネオの小さなフィギアを私にも示すと、心底嬉しそうに手元を眺めた。
「よかったね」
「はい。すごい出来がいい。ちゃんと背面も腹部パーツにも塗装してある」
「そ、それ何なんですかぁ、久世さん?」
横から声をかけた相田さんに久世は「ジャスティスリーグシリーズのウルティメイト・ネオです」と久々に和やかな表情を向けた。
「かっこいいでしょう。僕、好きで」
「え、これって子供向けのやつ、ですよね? なんとかライダーみたいな」
「仮面ライダーとジャスティスリーグはまったく別物ですが、まぁどちらも子供向けなのは間違いないですね。僕も子供の頃見てて、それからずっと好きなので。今週末はららんポートで、ネオとゼータの出るバトルステージショーもあって。師弟で出てくるのは久しぶりなので、楽しみにしているんです」
それも私は付き合うことになっている。
相田さんはほわほわと花が飛んでいるような柔らかな雰囲気の久世を前に、ひきつった顔をしていた。
「ショーって、ヒーローショーってことですか? 子供向けの? 久世さんが?」
「はい。当然お子さん優先なので、僕みたいな大人は後方でカメラ構えて応援してる感じです」
「……オ、オタク?」
「ジャスティスリーグに関しては相当入れ込んでいますし詳しいと思っているので、それをオタクと呼ぶのであれば、オタクです。水野さんと僕はジャスティスメイト」
メイトです、と平坦な声で同意した水野くんを見て、相田さんは私へと強張った視線を向けた。
「面白いですよ、ジャスティスリーグ。確かに子供向けのところもあるけど、設定とか関係性とか知ってくとなかなか複雑だし、葛藤もあって。というわけで、私もメイト」
「羽多野さんまで……?」
いくら顔が良くても、相田さんにとって、オタクというのは受け入れがたいものがあったらしい。
それを機に相田さんの久世への強烈なアタックは大人しくなり、久世の存在は相田さんの中で攻略対象から観賞用に切り替わった。恋人となれば久世の趣味にも触れなくてはならないが、眺めて愛でる分には関係ないというわけだ。
これまで表に出ることのなかった久世のジャスティスオタクは瞬時に社内に知れ渡ることとなったが、先日の社員旅行の宴席で喜田川と練り歩いたせいで案外普通で気安い奴と思われたのか、後日、システム部門に潜んでいたジャスティスメイトからもコンタクトがあり、奇跡の因果で社内のジャスティスメイトによるジャスティスリーグ飲みが開催される運びとなった。久世は大変喜んで、私は強制参加だった。