しっかりした期待の新人が来たと思えば、甘えたがりの犬に求婚された件

「──それじゃ、こちらが野本さん、その隣が水野くん」

 私の紹介にあわせて、デスク前に立つ久世は彼らに向かって律儀に頭を下げる。
 営業部は規模の異なる四課構成となっており、二課ずつ預かる統括マネージャーの下に五名前後からなる小規模チームがいくつかぶら下がっている。私は統括として谷原さんが率いる営業一課において、チームをひとつ任された主任という立ち位置だ。

「あと、相田さんは営業事務として我々のサポートをしてくれていて、席はここなんだけど喜田川のチームと併せての業務なので、何か依頼するときには余裕もって相談してね」
「はい。わかりました。よろしくお願いします」
「相田愛莉でぇす。派遣なんで寿退社も身軽な二十五歳。あいあいって呼んでくださぁい。久世さんのお願いなら最優先で対応しますぅ」
「不慣れで申し訳ありませんが、なるべくご迷惑をおかけしないよう努めますので」

 相田さんのあからさまな媚を前にしても、久世はただ生真面目に告げ、すぐに振り返って、色の薄いまっすぐな瞳で私を見据えた。

「羽多野チームは以上のメンバーです。この通りの小人数で、久世くんには私の担当するクライアントを引き継いでもらうことが多くなるから、OJTも基本私が担当しますね」
「羽多野さんが!」

 うわッ眩し──! 
 途端輝けるオーラに目が焼かれたような錯覚に陥る。

「な、何かあればメンバーでも誰でも気兼ねなく聞いてもらっていいから」
「俺でもいいぞォ!」

 そう言って背後からどかんと豪快に私の肩を掴んできたのは、同じくチームを持つ主任の喜田川だった。
 
「俺と真咲は同期だし、チームはともにラブリーあいあいの世話になりっぱなし。ってなわけで、久世が困ったときはうちも力になる。困ってなくても頼ってくれていいからな」

 唐突な喜田川の登場に久世は、戸惑いながらも爽やかに笑った。

「ありがとうございます。前の部署でも喜田川さんの評判は聞いていましたから、ぜひ頼りにさせてください」
「おうおう。真咲のやり方と合わなかったらうちが歓迎すっから」
「初日から引き抜こうとするのやめてくれる?」
「あ、バレた?」
 
 未だのしかかる喜田川の腕を雑に払って、私は久世に目を向けた。

「とにかく、みんなでサポートするからあまり気負わず、それから気兼ねもなくやって。久世くんの経験に期待してるから」
「はい!」

 引き継ぎと細かい説明のために彼をミーティングルームに誘うと、すれ違いざま喜田川が腰をつついて小声で囁いた。
 
「いくら顔がいいからってマジで惚れんなよ。ここでまた面倒起きると、あいついよいよ行き場がねぇぞ」
「余計なお世話。こちとら仕事しに来てんだよ」
「ふぅん。ま、憧れの谷原サン直々に言われてんだもんなぁ」
「あのね、こっちはその谷原さんから久世の加入分でチームの目標予算どかんと上乗せされてんの。トラブル起こされたら終わるだろ。割を食うのはだァれだァれ?」
「お、ま、え」
「胃が痛い」

 確かに余計なお世話だったな、と鼻で笑った喜田川の腹立たしい胸を軽くどついて、少し離れた場所からこちらの様子を窺う久世に、私は何でもないよと言う代わりにほほ笑みかけた。

「ごめんね、行こうか」
「はい! よろしくお願いします!」

 やる気があって十分よろしい。ただ輝く笑顔に私はまた目を焼かれた。

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