しっかりした期待の新人が来たと思えば、甘えたがりの犬に求婚された件
番外編その2 初めてのデートと趣味の話
(1)
何事にも、初めてというものは存在する。
はじめの出来事を経て、それから経験を重ねていく。新たに出来た恋人と、初めて一緒にどこかに出掛けることも然り。
世に言う、”初デート”である。
<明日の土曜日、よかったら一緒に出掛けませんか? デートしたいです。>
斜め前のデスクで涼しい顔をする久世から金曜の業務終了後に届いたメッセージに、私は動揺のまま彼とスマホのディスプレイを交互に見た。
<そんなに見てると、バレますよ>
確かにそうだと気が付いて、努めて冷静さをかき集めてから<了解です>と私は指先を操作した。
<堅すぎません? 業務メールみたい>
<んじゃ、いいよん?>
<笑>
待ち合わせをする時間と場所だけを決め、後は任せて欲しいと久世は告げた。
今年で堂々三十歳を迎える私は、過去に交際のあった男性と付き合いの中でデートを重ねてきた。もちろんだ。
久しくないそれを果たしてどんなものだったかしらと振り返ってみれば、どういうわけか記憶は薄い。それでも経験はあって初めてのことではないうえ、久世とならば客先にふたりで行くことなど普段からしょっちゅうだ。
なのに、──なぜ私はこれほど緊張しているのか。
朝から天気予報を入念に確認し、何を着ていくか悩み、待ち合わせ場所に辿り着いてからというもの、先ほどから時計を気にしてばかりいた。待ち合わせの時間まであと十五分はある。
「真咲さん」
「は、はい!」
声をかけられ振り返れば、久世がいた。
当たり前だが、私服だ。
──後光! 後光が差して見える!
元々が長身でスタイルがいいから、シンプルな服装でも良く似合う。というか、いつも思うが脚長いな。ほとんど脚だ。
「早かったですね」
「あぁうん。電車の時間、ちょうどしなくて」
「ですよね。俺も同じ電車でしたから」
「え?」
「ひとつ隣の車両に乗ってて、真咲さんのことずっと見てました」
何を言ってんだ、こいつは。
「いや、見てたなら声かけなよ」
「待ち合わせしたほうがデート感あるかなと思って。ちらちら時計見て、ワンピースの裾気にしながら俺のこと待ってる真咲さん、めちゃくちゃかわいかったです。というかワンピース……ハァ、ワン……ワンピースですね……」
「ど、どうした」
「かわいい……甘すぎないデザインなのに、うっ、ほんとかわいくて、俺の天使真咲さんを授けてくれた、せ、世界に感謝を……」
「頼むから落ち着いて、息をして」
付き合うという判断を早まったかもしれないと思った。
歓喜に打ち震える久世をなだめることが忙しく、私の緊張はいつの間にか消えていた。
照り付ける日差しを避け、少し背の高い植え込みの影に入ると、多少落ち着きを取り戻したのか、久世はポケットからスマホを取り出した。
「あのですね、今日のデートについて、いくつかプランを考えてきたのでまずはプレゼンを聞いてもらいたいんですけど」
「プレゼン」
「はい。真咲さんとの記念すべき初デートなので、満足してもらえるものを思いまして。三つあるんです。ひとつは、ベタですけど、これから映画行って終わったらカフェでご飯食べて、少し雑貨とか気になるものを見た後、横浜に移動して中華街でお茶して、海風に当たりながら将来についてみっちり語りあい、付近の散策をして日が落ちたら夜景の見えるレストランで食事するっていう」
「待て待て待て、ベタといえばベタだけど、過密すぎんか?」
「どれも外せなくて……ちなみに、ふたつ目は品川で水族館のはしごです。いま、どっちでもおもしろそうな展示してまして」
「一応聞くけど、三つ目は?」
「スカイツリーと東京タワーいく」
「はしごすんの好きね」
日ごろあれほどすっきりとしていてかつ有能な提案をクライアントにしているというのに、急にポンコツになった感があった。
気合いが空回ったらしい久世は「すみません、真咲さんと行きたいところ多すぎて……」としょげ返る。
それが何だかくすぐったく思えて、私はくすくす笑いながら彼の腕を取った。
「別に今回これきりってわけじゃないんだから、横浜も水族館もタワーも、また今度でいいよ。いろいろ考えてくれてありがとね。最近忙しかったし、今日はとりあえず最初の候補にあった映画観てゆっくりするのはどう?」
「……はい!」
「映画は何かおすすめあるんですか?」
「切ない恋愛系と爽快アクション系なら真咲さんどっちがいいですか?」
「アクション」
「オッケーです。あ、でもシリーズものっぽくて、今やってるのタイトルに”Ⅱ”って入ってたんですけど、前作知らなくても行けると思います?」
「今やってんの観てなんとなく面白かったら、配信とかレンタルで前作観たらいいでしょ」
「かっこいい。好き」
待ち合わせした駅前通りを進み、映画館に向かう。
お互いポップコーンは余って困る派であったため、売店でドリンクだけを買った。映画は人気作なのか人が多く、前情報はあらすじと一作目に関するネットの情報だけだったが、大きなスクリーンで繰り広げられる爽快なアクションは迫力もあって思いのほか楽しめた。
「面白かったね」とか「一作目見ましょう」なんてことを話しながらフロアを出たところで、久世の視線がふと別スクリーンの前に掲げられていたポスターに留まっているのが見えた。
「もしかして、他に観たいものあった?」
「え、いや。そういうんじゃないですよ。いろいろやってんだなって思っただけで」
「そう? ならいいけど」
「それより、お腹減りませんか? 飯にしましょうよ」
「賛成」
休日の繁華街とあって飲食店はどこも人が多く、席が空くのを待って私たちはようやく近くのカフェに入ることができた。注文したパスタとセットのサラダがテーブルに届くと、久世は大喜びでフォークを取った。
「俺、緊張して、朝ごはんろくに食べなかったんですよね。だからお腹減っちゃって、映画の最中、腹鳴らないか心配でした」
「私も緊張はしてた」
「そうなんですか? 真咲さんが?」
「何着てくか一生悩んでた。任せるからって行先聞かなかったでしょ? 街歩きだろうと想定してのこのカッコだったけど、これでアクティブな内容のデートだったら詰んでたなと思って。ヒールだし」
そう打ち明けると久世は笑って、「次からは事前にどこ行くか決めましょうね」と言う。
「次があるっていいですね」
「お互いまだ始まったばかりですのでねぇ。あ、久世、サラダのミニトマト、いらなかったら食べてあげるよ。苦手でしょ?」
「え……なんで知って」
「羽多野さんは何でも知っておるよ。なんてね、一緒にご飯食べてると、久世は時々それと長いこと格闘してるでしょう。見てりゃわかる」
「敵わねぇ……苦手です、唯一これだけが苦手。スライスされているのはまだいけるんですが、丸いまま出されるのが駄目で……」
「ぶちゅ、ってなるところ?」と尋ねれば、久世は項垂れながら頷いた。
「わかるわ。私、肉厚椎茸の食感苦手なんだよ。あのぐにぃって感じ」
「薄かったらいけるってことですか?」
「うん」
「なんか似てますね」
はにかんだ久世に微笑み返し、私は彼の手元にあったサラダの皿からミニトマトだけ掬い上げた。
「これからは遠慮しなくていいですよ、久世くん」
「じゃあ、肉厚椎茸と戦う時は俺を頼ってくださいね」
「よろしく」
「あの……実は今日、個人的なゴールがひとつあって。真咲さんの好きなものとか、嫌いなものとか知りたいっていう」
「ああ、いいんじゃない? 私も知りたい」
仕事で顔を合わせている時間も長いし、雑談も多かったが、言われてみれば彼の個人的な趣味嗜好を詳しく知っているというわけでもない。話している限り、久世とそこまで好みがかけ離れている感じもなかったが、どんなものに関心があるのか純粋に興味があった。
食事をしながら、好きな色から買い物に行くならどこだとか普段の過ごし方について話し、カフェを出ると私から提案して近くにあった大型書店に向かった。
雑誌や実用書、小説などを眺め、これを読んだとか、こっちも参考になったといった会話を交わす。久世はいちいちそれに頷き、特に仕事関連の書籍の話を詳しく聞きたがって、私の勧めるものを何冊か購入した。
書店を出て駅前方向に歩きながら、久世は書籍の入った紙袋を満足そうに掲げて見せる。
「選んでもらってありがとうございました。週明けまでにしっかり読み込みますね」
「ゆっくり読みなよ。他のも必要あれば私の貸すから、うちの本棚にあるのは好きに見ていいよ」
「俺も同じの買って、いずれダブっても困りますものね」
「将来設計が豊かだな」
「えへへ、本棚ってその人の趣味っていうか、好み見えますよね。えっちな本隠してあったりしないですか?」
「しねーので自由に漁ってください」
発想が中学生か。
「薄々気づいているかもしれないけどさ、私、あんまり趣味っていうのがなくて、休みの日も家事して本読んでるか、映画見てるくらいの地味な生活なんだよね」
「もともとそんなアクティブな印象はなかったですけど」
「正直そんなに体力なくて、ジム行くような気力もないし。平日でエネルギーを使い果たして休みの日は死んでることが多いの。一応、仕事のためにも情報収集したり、関連書読んだりしたりしなきゃいけないときだってあるでしょ? その上で髪のトリートメントとかカラーリングに行ったり、ネイル行ったりしてると、あっという間に一日終わる」
「大変なんですね。でもそういう努力のぶん真咲さんはいーっつも綺麗ですし、いい匂いですよ。俺、真咲さんが何処にいるのか匂いでわかりますし」
「えっそんな匂いきつい?」
「ぜんぜん。俺が嗅ぎ分けているだけです」
「犬かよ……」
「真咲さんには忠実ですよ」
犬であることは否定しないのか。
書店でずいぶん話し込んでいたが、時計を見ればまだ夕飯にするにはずいぶん早い時間だった。休憩として、コーヒーでも飲もうかと言おうとしたところで、久世から話しかけられた。
「よかったら、なんですけど。これから、俺の家……来ませんか」
何事にも、初めてというものは存在する。
はじめの出来事を経て、それから経験を重ねていく。新たに出来た恋人と、初めて一緒にどこかに出掛けることも然り。
世に言う、”初デート”である。
<明日の土曜日、よかったら一緒に出掛けませんか? デートしたいです。>
斜め前のデスクで涼しい顔をする久世から金曜の業務終了後に届いたメッセージに、私は動揺のまま彼とスマホのディスプレイを交互に見た。
<そんなに見てると、バレますよ>
確かにそうだと気が付いて、努めて冷静さをかき集めてから<了解です>と私は指先を操作した。
<堅すぎません? 業務メールみたい>
<んじゃ、いいよん?>
<笑>
待ち合わせをする時間と場所だけを決め、後は任せて欲しいと久世は告げた。
今年で堂々三十歳を迎える私は、過去に交際のあった男性と付き合いの中でデートを重ねてきた。もちろんだ。
久しくないそれを果たしてどんなものだったかしらと振り返ってみれば、どういうわけか記憶は薄い。それでも経験はあって初めてのことではないうえ、久世とならば客先にふたりで行くことなど普段からしょっちゅうだ。
なのに、──なぜ私はこれほど緊張しているのか。
朝から天気予報を入念に確認し、何を着ていくか悩み、待ち合わせ場所に辿り着いてからというもの、先ほどから時計を気にしてばかりいた。待ち合わせの時間まであと十五分はある。
「真咲さん」
「は、はい!」
声をかけられ振り返れば、久世がいた。
当たり前だが、私服だ。
──後光! 後光が差して見える!
元々が長身でスタイルがいいから、シンプルな服装でも良く似合う。というか、いつも思うが脚長いな。ほとんど脚だ。
「早かったですね」
「あぁうん。電車の時間、ちょうどしなくて」
「ですよね。俺も同じ電車でしたから」
「え?」
「ひとつ隣の車両に乗ってて、真咲さんのことずっと見てました」
何を言ってんだ、こいつは。
「いや、見てたなら声かけなよ」
「待ち合わせしたほうがデート感あるかなと思って。ちらちら時計見て、ワンピースの裾気にしながら俺のこと待ってる真咲さん、めちゃくちゃかわいかったです。というかワンピース……ハァ、ワン……ワンピースですね……」
「ど、どうした」
「かわいい……甘すぎないデザインなのに、うっ、ほんとかわいくて、俺の天使真咲さんを授けてくれた、せ、世界に感謝を……」
「頼むから落ち着いて、息をして」
付き合うという判断を早まったかもしれないと思った。
歓喜に打ち震える久世をなだめることが忙しく、私の緊張はいつの間にか消えていた。
照り付ける日差しを避け、少し背の高い植え込みの影に入ると、多少落ち着きを取り戻したのか、久世はポケットからスマホを取り出した。
「あのですね、今日のデートについて、いくつかプランを考えてきたのでまずはプレゼンを聞いてもらいたいんですけど」
「プレゼン」
「はい。真咲さんとの記念すべき初デートなので、満足してもらえるものを思いまして。三つあるんです。ひとつは、ベタですけど、これから映画行って終わったらカフェでご飯食べて、少し雑貨とか気になるものを見た後、横浜に移動して中華街でお茶して、海風に当たりながら将来についてみっちり語りあい、付近の散策をして日が落ちたら夜景の見えるレストランで食事するっていう」
「待て待て待て、ベタといえばベタだけど、過密すぎんか?」
「どれも外せなくて……ちなみに、ふたつ目は品川で水族館のはしごです。いま、どっちでもおもしろそうな展示してまして」
「一応聞くけど、三つ目は?」
「スカイツリーと東京タワーいく」
「はしごすんの好きね」
日ごろあれほどすっきりとしていてかつ有能な提案をクライアントにしているというのに、急にポンコツになった感があった。
気合いが空回ったらしい久世は「すみません、真咲さんと行きたいところ多すぎて……」としょげ返る。
それが何だかくすぐったく思えて、私はくすくす笑いながら彼の腕を取った。
「別に今回これきりってわけじゃないんだから、横浜も水族館もタワーも、また今度でいいよ。いろいろ考えてくれてありがとね。最近忙しかったし、今日はとりあえず最初の候補にあった映画観てゆっくりするのはどう?」
「……はい!」
「映画は何かおすすめあるんですか?」
「切ない恋愛系と爽快アクション系なら真咲さんどっちがいいですか?」
「アクション」
「オッケーです。あ、でもシリーズものっぽくて、今やってるのタイトルに”Ⅱ”って入ってたんですけど、前作知らなくても行けると思います?」
「今やってんの観てなんとなく面白かったら、配信とかレンタルで前作観たらいいでしょ」
「かっこいい。好き」
待ち合わせした駅前通りを進み、映画館に向かう。
お互いポップコーンは余って困る派であったため、売店でドリンクだけを買った。映画は人気作なのか人が多く、前情報はあらすじと一作目に関するネットの情報だけだったが、大きなスクリーンで繰り広げられる爽快なアクションは迫力もあって思いのほか楽しめた。
「面白かったね」とか「一作目見ましょう」なんてことを話しながらフロアを出たところで、久世の視線がふと別スクリーンの前に掲げられていたポスターに留まっているのが見えた。
「もしかして、他に観たいものあった?」
「え、いや。そういうんじゃないですよ。いろいろやってんだなって思っただけで」
「そう? ならいいけど」
「それより、お腹減りませんか? 飯にしましょうよ」
「賛成」
休日の繁華街とあって飲食店はどこも人が多く、席が空くのを待って私たちはようやく近くのカフェに入ることができた。注文したパスタとセットのサラダがテーブルに届くと、久世は大喜びでフォークを取った。
「俺、緊張して、朝ごはんろくに食べなかったんですよね。だからお腹減っちゃって、映画の最中、腹鳴らないか心配でした」
「私も緊張はしてた」
「そうなんですか? 真咲さんが?」
「何着てくか一生悩んでた。任せるからって行先聞かなかったでしょ? 街歩きだろうと想定してのこのカッコだったけど、これでアクティブな内容のデートだったら詰んでたなと思って。ヒールだし」
そう打ち明けると久世は笑って、「次からは事前にどこ行くか決めましょうね」と言う。
「次があるっていいですね」
「お互いまだ始まったばかりですのでねぇ。あ、久世、サラダのミニトマト、いらなかったら食べてあげるよ。苦手でしょ?」
「え……なんで知って」
「羽多野さんは何でも知っておるよ。なんてね、一緒にご飯食べてると、久世は時々それと長いこと格闘してるでしょう。見てりゃわかる」
「敵わねぇ……苦手です、唯一これだけが苦手。スライスされているのはまだいけるんですが、丸いまま出されるのが駄目で……」
「ぶちゅ、ってなるところ?」と尋ねれば、久世は項垂れながら頷いた。
「わかるわ。私、肉厚椎茸の食感苦手なんだよ。あのぐにぃって感じ」
「薄かったらいけるってことですか?」
「うん」
「なんか似てますね」
はにかんだ久世に微笑み返し、私は彼の手元にあったサラダの皿からミニトマトだけ掬い上げた。
「これからは遠慮しなくていいですよ、久世くん」
「じゃあ、肉厚椎茸と戦う時は俺を頼ってくださいね」
「よろしく」
「あの……実は今日、個人的なゴールがひとつあって。真咲さんの好きなものとか、嫌いなものとか知りたいっていう」
「ああ、いいんじゃない? 私も知りたい」
仕事で顔を合わせている時間も長いし、雑談も多かったが、言われてみれば彼の個人的な趣味嗜好を詳しく知っているというわけでもない。話している限り、久世とそこまで好みがかけ離れている感じもなかったが、どんなものに関心があるのか純粋に興味があった。
食事をしながら、好きな色から買い物に行くならどこだとか普段の過ごし方について話し、カフェを出ると私から提案して近くにあった大型書店に向かった。
雑誌や実用書、小説などを眺め、これを読んだとか、こっちも参考になったといった会話を交わす。久世はいちいちそれに頷き、特に仕事関連の書籍の話を詳しく聞きたがって、私の勧めるものを何冊か購入した。
書店を出て駅前方向に歩きながら、久世は書籍の入った紙袋を満足そうに掲げて見せる。
「選んでもらってありがとうございました。週明けまでにしっかり読み込みますね」
「ゆっくり読みなよ。他のも必要あれば私の貸すから、うちの本棚にあるのは好きに見ていいよ」
「俺も同じの買って、いずれダブっても困りますものね」
「将来設計が豊かだな」
「えへへ、本棚ってその人の趣味っていうか、好み見えますよね。えっちな本隠してあったりしないですか?」
「しねーので自由に漁ってください」
発想が中学生か。
「薄々気づいているかもしれないけどさ、私、あんまり趣味っていうのがなくて、休みの日も家事して本読んでるか、映画見てるくらいの地味な生活なんだよね」
「もともとそんなアクティブな印象はなかったですけど」
「正直そんなに体力なくて、ジム行くような気力もないし。平日でエネルギーを使い果たして休みの日は死んでることが多いの。一応、仕事のためにも情報収集したり、関連書読んだりしたりしなきゃいけないときだってあるでしょ? その上で髪のトリートメントとかカラーリングに行ったり、ネイル行ったりしてると、あっという間に一日終わる」
「大変なんですね。でもそういう努力のぶん真咲さんはいーっつも綺麗ですし、いい匂いですよ。俺、真咲さんが何処にいるのか匂いでわかりますし」
「えっそんな匂いきつい?」
「ぜんぜん。俺が嗅ぎ分けているだけです」
「犬かよ……」
「真咲さんには忠実ですよ」
犬であることは否定しないのか。
書店でずいぶん話し込んでいたが、時計を見ればまだ夕飯にするにはずいぶん早い時間だった。休憩として、コーヒーでも飲もうかと言おうとしたところで、久世から話しかけられた。
「よかったら、なんですけど。これから、俺の家……来ませんか」