トリックオアトリートな同期の日樫くんがあまくなる夜
麻川結奈(あさかわゆいな)、トリックオアトリート!」
 十月三十一日、同僚の日樫(ひがし)くんに言われて私はじと目で彼を見た。

「それが許されるのは子どもだけだよ。あと、なんで急にフルネームで呼ぶの?」

 営業をしている彼は今日も爽やかだ。黒髪は軽やかに整っているし、スーツ姿はびしっと決まっている。肌もきれいで爪の先までぴかぴかだ。清潔感があって笑顔が眩しい好青年なんて、営業職なら最強だろう。

 営業事務の私とは同期なので気安いが、プライベートでは遊びにいったことはない。友人と言っていいのか微妙な距離感の存在。

「たまには結奈のフルネーム呼ばないと忘れるし。チョコレートを常備してるだろ。くれないとデータ消すぞ」
「それ、いたずらじゃすまないよ? いつもねだりに来るけど、私はあなたのお菓子係じゃないっての」
 言いながら、私は引き出しから個包装のチョコレートを一つとって彼に渡す。

「サンキュ!」
 大喜びで彼は包みを破り、口に含む。

「外回りで疲れててさ。やっぱ疲労回復には甘い物だよな」
「自販機で甘いのを買えばいいのに」

「飲み物の気分じゃないんだよなー。このあとまた外回りだし」
「さすが営業成績一位。忙しそうね」

「嫌味か」
「ほめてんの」
 私はもう一つチョコを出して渡した。
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