小さな恋のトライアングル
22時を過ぎ、不意にピンポンと鳴ったインターフォンに、真美はハッと我に返る。

「真美?俺」

小さく聞こえてきた潤の声に、真美は玄関に駆け寄った。

「ごめん、遅くなって……。真美?」

ドアを開けるなり抱きついてきた真美に、潤は心配そうに尋ねる。

「どうかした?真美?」
「……寂しかったの」
「え?」
「一人で寂しくて……。早く会いたくて、ギュッてして欲しくて」
「真美……」

潤は後ろ手にドアを閉めると靴を脱いで上がり、真美をベッドの端に座らせた。

ひざまずいて真美の両手を握り、優しく顔を覗き込む。

「何かあった?」
「何も。だけど、紗絵さんと若菜ちゃんと話してたら、不安になって……」
「どんな話?」
「えっと、結婚は究極の人づき合いだって。私、他の人より人づき合いが苦手だから、普通の結婚生活なんて送れそうにないって思って……。潤さん、私といても大丈夫?私、あなたを幸せに出来る?」

潤は少し視線を落としてから、また顔を上げた。

「真美。自分は人づき合いが苦手だって言うけど、そんなことないよ」
「え?」
「大体、人づき合いが得意だって言ってる人、あんまり見たことない。人間なんだから、誰だって苦手な相手はいる。みんな心の中で、あー、この人とは気が合わない、と思いつつ取り繕ってるんだ。真美は純粋で、どんな相手にも一生懸命誠意を持って接するから、上手くいかなくて落ち込んでる。だけど、そんな必要ないよ。百人いたら百人全員と気が合うなんてこと、あり得ないだろ?」
「……うん」
「大人なら尚更だ。この人のこういう部分は苦手だけど、たまに良い部分もあるな、なんて思いながら、適当につき合ってればいいんだよ。完璧な人づき合いなんて目指すな。俺なんて、心の中読まれたら結構ヤバイこと考えてる」

そうなの?と真美は意外そうに潤を見る。

「そうだよ。機嫌の悪い部長にガミガミ言われたら、『すみません』って頭下げながら、なんだー?奥さんとケンカでもしたのか?八つ当たりするなよ、とかって思ってる」
「ええー?!ほんとに?全然そうなふうに見えないのに」
「みんな案外そんなもんだよ。真美は、人づき合いが苦手だって言ってる時点で、ちゃんと人と向き合おうとしてる、褒められる人柄だよ。だけどな?それだと真美が傷つく。1番守らなきゃいけないのは、自分の心だよ」

自分の心……と、真美は潤の言葉を噛みしめた。

「真美、人のことばかり考えてるだろ。ちゃんと自分のことを大事に思ってるか?」
「え、私のことを大事に?それって、どういうこと?」
「ヤレヤレ、やっぱりか。いい?これから理不尽なこと言われたら、『なんでおめーにそんなこと言われなきゃいけねーんだよ!』って、心の中で悪態つくんだ」
「そ、そんなにガラ悪く?」
「まあ、こんなセリフじゃなくてもいいけど。『わたくしを誰だとお思いなの?五十嵐 潤の妻ですのよ!』って」

は?と真美は目が点になる。

「それって、効果あるの?」
「あるよ。真美は、俺に世界で1番愛されてる特別な女だってことだから」
「……潤さんって、結構俺様なのね?」
「今頃気づいたか?」

ふふっと笑い出した真美に、潤も優しく微笑んだ。

「真美は誰よりも真っ直ぐに相手と向き合える人だよ。だから子どもに好かれるんだ。純粋な子ども達は、嫌な考え方の大人をすぐに見抜く。自分が生きていく為に本能的にね。真美はあんなにも子ども達に好かれる時点で、どんな大人よりも人づき合いが上手だよ。だからもう二度と、自分をそんなふうに思い込むな。それから、真美。俺を幸せに出来るのは真美だけだ。忘れるなよ?」

ニヤッと笑いかけられて、真美は思わずおののく。

「泣いてる暇なんてないほど、俺が毎日真美を幸せにしてやる。じゃあ、とっとと行こうか」
「は?行くって、どこへ?」
「俺のマンション。明日からしばらく休みだからな、片時も離すもんか。ほら、荷物まとめて」
「は、はい」

私、脅されてないよね?と思いつつ、真美は着替えと身の回りのものをバッグに詰める。

戸締まりをして部屋を出ると、二人はタクシーで潤のマンションに向かった。
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